5-6 原子炉圧力容器鋼の破壊抵抗を調べる

−へき開破壊と粒界破壊が混在するときでも適切に破壊靭性を評価−

 

図5-13 粒界脆化材の破壊靭性値のワイブルプロット
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図5-13 粒界脆化材の破壊靭性値のワイブルプロット

粒界脆化材では、粒界強度の低下による低い破壊靭性値(KJC)のデータ群は、へき開破壊による高いKJCのデータ群とは異なる直線で表されます。この低いKJCデータ群を適切に評価するためには、改良MC法が必要となります。

図5-14 粒界脆化材の破壊靭性値の温度依存性とマスターカーブ

標準MC法により求めた下限曲線は、粒界脆化材の多くのデータがこの曲線より下側に位置しています。本研究の改良MC法により、粒界脆化材に特有な低い破壊靭性値の下限を十分に評価することが可能となりました。

原子炉で炉心を取り囲む安全上重要な構造物が原子炉圧力容器です。この容器は、厚さ10cm以上の低合金鋼で製作されています。低合金鋼は、低温でもろくなる性質があり、更に原子炉が使用されている間に炉心からの中性子を浴びることにより、脆化が進みます。このため、原子炉圧力容器鋼の照射脆化は、監視試験によって定期的な確認や破壊力学に基づく健全性評価が行われ、破壊に対して十分に余裕があることを確認した上で使用されています。30年運転を迎える原子力発電所に対して行われる高経年化の評価では、60年運転後の原子炉圧力容器の照射脆化を評価し、万が一、き裂が存在しても破壊しないことが確認されます。安全上最も重要な機器である原子炉圧力容器の長期の使用を見込む場合、現時点では十分に余裕があっても、今後生じる可能性のある脆化の進行を考慮することが重要です。非常に多くの中性子が当たることにより、鋼材中の不純物元素であるリン(P)が結晶粒の界面、すなわち粒界に偏析し、粒界強度が弱められて粒界破壊が生じる、いわゆる粒界脆化が起きることも検討しておく必要があります。通常の脆化の場合、材料の破壊はへき開割れといって結晶粒内で生じますが、粒界破壊の場合は、粒界へのPの偏析が多くなることにより強度の低下した粒界で発生します。この場合、へき開破壊に粒界破壊が混在することとなり、破壊抵抗が低下する可能性があります。原子炉圧力容器鋼の破壊抵抗は、破壊靭性値と呼ばれます。私たちは、Pの偏析が生じた鋼材(粒界脆化材)を用いて、へき開破壊だけでなく、粒界破壊が混在した場合でも破壊靱性値を精度良く評価できるよう改良した手法を提案しました。

原子炉圧力容器鋼の破壊靭性値(KJC)を評価する方法として、マスターカーブ法(MC法)と呼ばれる新しい方法が欧米で規格化されています。この方法では、KJCのばらつきは、最弱リンク説に基づいて破壊が発生するという理論的背景からワイブル分布に従うこととしています。また、多くの実験データの統計分析から、破壊靱性値の温度依存性を指数型曲線で表現するという特徴があります。しかしながら、このMC法は、へき開割れにより破壊する鋼材に対して開発されたものでした。

破壊靱性値は、同じ条件で測定しても大きくばらつきますが、図5-13のワイブルグラフ上で、KJCとその値以下で破壊する確率Pfとをプロットすると、理論的には直線に分布します。へき開破壊に対応した標準MC法では、すべてのデータが同じ破壊様式であると仮定して図5-13中の青線のように平均的な分布を求めます。へき開破壊の鋼材ではこの仮定が成り立ちますが、粒界脆化材のデータをプロットすると、一つの直線ではなく、途中で特徴的な折れ曲りが生じることが分かりました。これは、Pの結晶粒界への偏析により低下した粒界の破壊強度が、へき開破壊に対する強度とは異なる分布を示すことを意味しています。そこで、評価対象を折れ曲がり以下のデータに絞り込み、粒界破壊材に対応した統計処理を行う改良MC法の適用性を検討しました。温度条件を変えて取得した粒界脆化材のKJCデータを図5-14に示します。縦軸が測定したKJC、横軸が温度で、青線は標準MC法により求めた平均曲線と下限曲線を示しています。へき開破壊材のデータは、標準MC法による下限曲線の上に位置することが確認されていますが、図5-14では、粒界脆化材の多くのデータは、標準MC法の下限曲線より下側に位置しています。すなわち、標準MC法で評価するよりも低い破壊靱性で破壊が発生する可能性があることになります。一方、改良MC法で下限曲線を求めることにより、図5-14の赤線のように粒界脆化材の全データが下限曲線の上側に位置することが分かりました。つまり、この提案方法の下限曲線より低い値では破壊は発生しないという、安全側の評価が可能となりました。



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