12-1 硫黄やリンが鉄を脆くする仕組みを解明

−第一原理計算によって明らかになった粒界脆化メカニズム−

図12-2 GBを含む計算セル

図12-2 GBを含む計算セル

上下のvacは真空領域、最も大きな球はFe原子1個を表し、番号を付けて位置(サイト)を区別しています。(a)側面図、(b)GB面における断面を上から見た図です。サイト0は原子のない空孔サイト、サイト1iは原子間の隙間を表わします。

 

図12-3 FeのGBにSやPなどの不純物元素が粒界偏析した様子

図12-3 FeのGBにSやPなどの不純物元素が粒界偏析した様子

(c)がS、(d)がPの場合です。

 

図12-4

図12-4

高純度鉄においてB,C,P,Sなどの粒界偏析によって延性脆性遷移温度が変化する割合(縦軸:ΔDBTT)と、計算によって得られた粒界中における原子の凝集エネルギーが粒界偏析によって変化する割合(横軸:Δ2γint)の相関です。

通常の金属材料は大きさが数10μ程度の結晶の粒の集合体であり、その粒同士の境界は結晶粒界(GB:Grain Boundary)と呼ばれます。金属中に含まれる不純物元素や合金元素が加熱などにより金属中を動き回り、GBに捕えられてそこに集まることを「粒界偏析する」といいます。この粒界偏析によって、金属の強度が大幅に変化することが知られています。その代表的な例が低合金鋼(主成分は鉄(Fe))の焼き戻し脆性と呼ばれる現象であり、主にリン(P)の粒界偏析が原因です。その他、Feやニッケル(Ni)を主成分とする金属材料に対して、硫黄(S)はPよりも非常に強い粒界脆化を起こすこと、逆にホウ素(B)や炭素(C)は粒界を強化することがよく知られています。

粒界偏析は、粒界面からわずか数原子層以内に溶質元素が捕獲される現象であり、そのことは破壊表面をほんのわずかずつ削りながらAuger電子分光法という金属の破壊面上の元素を分析する方法によって観察した結果から分かっています。そのため、粒界脆化は偏析した元素が粒界における原子間の凝集力を変化させることによって生じると考えられます。しかしながら、そのような凝集力の変化がなぜ、どのようにして起こるのかは長年の間よく分かっていませんでした。

そこで、第一原理計算という手法を用いてこの現象のシミュレーションをスーパーコンピュータ上で行いました。第一原理計算とは、量子力学の基本方程式(シュレーディンガー方程式)をコンピュータ上で数値的に解くことによって物質の性質を電子レベルから解明する手法です。この方法はスーパーコンピュータを用いても非常に時間のかかる計算のため、様々な工夫をして粒界偏析を模擬した計算を行いました(図12-2,図12-3)。

計算の結果、PやSの粒界偏析によって粒界中の原子の凝集エネルギーが低下すること、逆にBやCの粒界偏析によって凝集エネルギーが上昇することを見いだしました。これは実験的事実と一致する結果です。さらに、計算によって得られた「偏析濃度上昇に伴う粒界中の原子の凝集エネルギー変化」が、実験的な脆化の指標である「偏析濃度上昇に伴う延性脆性遷移温度の変化」と非常によく相関することを見いだしました(図12-4)。すなわち第一原理計算によって、粒界中の原子間の凝集エネルギー変化を再現し、その変化する原因が理解できることが分かりました。