12-3 鉄化合物超伝導体の超伝導発現機構の探索

−SPring-8と第一原理計算のコラボレーション−

図12-7 鉄化合物超伝導体で最初に発見されたLaFeAsOの結晶構造

図12-7 鉄化合物超伝導体で最初に発見されたLaFeAsOの結晶構造

この物質は酸素(O)の一部をフッ素(F)に置換することによって26Kで超伝導体になります。ランタン(La)をサマリウム(Sm)に置き換えると超伝導に転移する温度は55Kにまで上がります。層状になっているのが特徴で、超伝導状態を作り出しているのは鉄(Fe)とヒ素(As)からなる層だと考えられています。

図12-8 LaFeAsOの格子振動の様子と分散図

図12-8 LaFeAsOの格子振動の様子と分散図

右図は格子振動の振動数と波数の関係を表した分散図です。青線で表された格子振動では鉄原子の振動が大きくなっています。左図は実際の振動数8.1THzの格子振動の様子を示したものです。紫の矢印の方向は原子が振動する方向を示し、矢印の長さが振動の大きさを示しています。鉄原子(緑)の矢印が長いことから、鉄原子の振動が大きいことが分かります。

 


超伝導とは、電気抵抗がある温度以下で突然、消失する現象です。1980年以前は30K以上では超伝導は起こらないと考えられていました。ところが、1987年に100K以上でも超伝導になる銅酸化物超伝導体が発見されると、室温超伝導への期待が急激に高まりました。しかし、残念ながら、未だ室温超伝導体は発見されておらず、銅酸化物以外に一般に高温超伝導体と呼ばれる物質は見つかっていません。
 こうして、室温超伝導への期待感も薄れ始めてきた2008年、鉄化合物で50Kを超える新超伝導体(図12-7)が発見されました。それ以来、世界の研究者たちは、この新物質でより高い温度での超伝導を発見しようと日夜、研究に没頭しています。

より高温の超伝導を目指すには、超伝導の起きる仕組みを理解することが必要です。銅酸化物や鉄化合物で起こる超伝導は極低温でしか起こらない金属系の超伝導とは仕組みが違うと考えられていますが、実際には、はっきりと分かっていません。そこで、私たちは、鉄化合物超伝導体の電子状態を数値シミュレーションして、それを実験結果と比較し、この物質において超伝導が発現する仕組みを解明することを目指しています。

金属系の低温の超伝導では、原子の振動である格子振動が重要な役割をしていることが分かっています。そこで、私たちはシミュレーションによって格子振動の様子(図12-8)を調べ、SPring-8で得られた実験結果と比較しました。すると、格子振動に関しては、観測されていない鉄の磁性を適切に考慮しないと、実験結果を正しく再現できないことを発見しました。この結果は、この超伝導体には隠された磁性があり、それが格子振動と不可分の関係にあることを示唆しています。つまり、磁性も格子も超伝導の発現にとって重要な役割を果たしていることが分かったのです。

未だ、鉄化合物超伝導体の仕組みは、はっきりしませんが、実験と数値シミュレーションとを比較することにより、その特徴が明らかにされつつあります。今後、こうした実験と計算の効果的なコラボレーションにより、その仕組みが分かれば、室温超伝導を実現させることも夢ではなくなるかもしれません。


●参考文献
Nakamura, H. et al., First-Principle Electronic Structure Calculations for Iron-Based Superconductors: An LSDA+U Study, Journal of the Physical Society of Japan, vol.77, suppl.C, 2008, p153-154.