図14-22 アスベストを吸引していない肺がん患者と吸引した肺がん患者の肺組織のマイクロPIXE分析結果
アスベストは肺の疾病を引き起こすまでの潜伏期間が数10年と長いことから、「静かな時限爆弾」とも言われています。このため、吸い込んだアスベストの種類や量,肺の中での分布,組織への取込まれ方などを特定するための検査が診断や治療に不可欠ですが、これまでは外科的な手術により約5gもの肺組織を採取しなければ調べることができませんでした。
粒子線誘起X線放出(PIXE: Particle Induced X-ray Emission)は、イオンビームの照射によって原子の内殻の電子がはじき出され、その空いたところに外殻の電子が移動する時に、X線が放出される現象です。元素ごとに固有であるこのX線のエネルギー値からはどんな元素があるかが分かりますし、またその放出量からは元素の量も知ることができます。また、イオンビームを用いると、効率良く電子をはじき出すことができるので、電子を用いる電子プローブマイクロアナライザと比較して100倍以上の高感度で分析できます。このようなPIXEの特長と、私たちが開発した直径1μm以下という極めて細いイオンビームを組み合わせて、大きさが100μm以下の微小なサンプルに含まれるマグネシウムからウランまで約80種類もの元素の分布を高感度で分析・画像化する大気マイクロPIXE法の開発を進めています。
今回、この技術を応用して、アスベストの主成分であるケイ素,鉄,マグネシウムのそれぞれについて、組織内の元素分布を計測・解析することにより、組織内にある数μmのアスベスト繊維の位置や形態を画像化することに成功しました(図14-22)。さらに、各元素の比率から、アスベストの種類を同定できることも分かりました。
本内容の発展として、同じ肺の組織を大気マイクロPIXE法と免疫組織染色法で調べる研究も進めており、アスベストの主成分であるケイ素の分布と、肺線維症の発病に関係すると考えられているタンパク質の分布の相関を示す成果が得られています。
本研究は、群馬大学21世紀COEプログラム「加速器テクノロジーによる医学・生物学研究」に基づく共同研究として群馬大学と実施しました。