図14-12 パルス中性子高強度全散乱装置(NOVA)の鳥瞰図(右上は検出器の配置図)
図14-13 NOVAの観察できる運動量変化(Q)範囲
図14-14 体心立方格子(赤玉)中の水素が入り得る空隙の位置
表14-1 NOVAの基本的な仕様
原子配列の乱れと水素という最も軽い元素であるために、X線などではこれまで困難であった水素貯蔵材料の構造を高い精度で解析することが可能なパルス中性子高強度全散乱装置(NOVA,図14-12)をJ-PARCに建設しました。次世代のエネルギーとして期待されている水素、その水素社会の実現には水素を貯めるボンベの役割を果たす材料(水素貯蔵材料)の貯蔵能力の大幅な向上が不可欠ですが、そのためには、水素がどのように物質のどこに入っていくのか、そこからどのように出ていくのか、の解明が必要です。その解明には、水素位置の精密な決定(構造解析)とその吸蔵・放出過程の観察(秒単位の構造観察)を、広い距離スケール(原子のナノサイズのレベルから相分離などのサブミクロンサイズのレベルまで、図14-13)で行わなければなりません。NOVAは、中性子の水素を観察する高い能力とJ-PARC物質・生命科学実験施設(MLF)の世界最高強度レベルのパルス中性子源に、約14m2もの広い検出領域の中性子検出システム(図14-12の緑色の部分)を組み合わせることで、それを実現します。測定効率の比較だけでも現在世界最高性能の装置と比して10倍以上の性能を実現しています(表14-1)。
代表的な水素貯蔵材料である水素吸蔵金属にはバナジウム,ニオブなど体心立方構造(bcc)を持っている金属が多いのですが、bcc構造中の空隙すべてに水素が入るわけではありません(図14-14)。なぜすべての空隙に水素を入れることができないのでしょうか。水素同士がけん制あるいは協力して水素の空間密度を抑制しようとする仕組みがあるに違いありません。NOVAでは、bcc骨格だけでなく、水素-水素相関の直接観察が高精度で可能です。水素貯蔵量を決めるその構造的要因が、NOVAによる水素の直接観察で明らかになると期待されています。
NOVAは、世界初のパルス中性子全散乱装置が1960年代後半に我が国で開発されて以来培われてきた装置設計・データ解析技術に、J-PARCで開発されたデータ集積,検出器制御,遮へい設計に関する最先端の技術を融合させることで、海外の同系装置を凌駕する性能を得ています。
本研究は、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「水素貯蔵材料先端基盤研究事業(平成19年度〜23年度)」の一環として実施されたものです。