図14-10 世界の主な陽子シンクロトロンの加速電場
図14-11 金属磁性体コア
J-PARC Rapid-Cycling Synchrotron(RCS)は、25Hzの早い繰り返しで陽子を3GeVまで加速するJ-PARCの中核をなす加速器です。このRCSにとって最も重要な開発課題のひとつが、「RCSを現実的な大きさにするために、いかにして20kV/m以上の高い加速電場を達成するか」でした。しかし、陽子を加速するための通常の高周波空胴に用いられているフェライトコアでは、磁場が飽和してしまうため高い加速電場を達成することができません(図14-10)。そこで、私たちは飽和磁束密度が高く、高い加速電場が得られる可能性のある金属磁性体コアを用いた高周波空胴の開発を開始しました。
私たちが用いた金属磁性体は、鉄を主成分としたアモルファス薄帯を素材にしたもので、実際のコア(図14-11)は、厚さ約18μm、幅35mmのこの金属磁性体リボンを巻くことにより作られます。そして、このリボンにはあらかじめ層間を絶縁するための厚さ約2μmのSiO2が片面に塗布されています。また、冷却方式としては水による直接冷却方式を採用しました。このため、コアの錆による腐食を防ぐためにコア表面にはエポキシによる防錆コーティングが施されています。コアを装てんする高周波空胴は、全長約2mで18枚のコアが装てんされています。
開発は、300時間以上の通電試験とコアの改良とを繰返し行いコアの性能、主に耐電圧を上げていきました。試験初期には、コアに損傷が起こり、コーティングの剥がれなども観測されました。その後、損傷したコアの調査を行った結果、損傷が層間の絶縁不良に起因していることが判明しました。そこで、絶縁層を傷つけないように、コア巻きのテンションを最適化することなどにより層間絶縁を改善しました。また、コーティングの剥がれに関しては内部にも低粘度のエポキシを含浸することにより剥がれをなくすようにしました。これらの改善を行ったあとの通電試験では、コアの損傷もコーティングの剥がれも見られなくなり、開発課題であった20kV/m以上の加速電場、23kV/mを達成することができました。
2007年5月には、このようにして開発した金属磁性体コアを装てんした10台の高周波空胴をRCS主トンネルに設置し、10月からビームコミッショニングを開始しました。