4-10 空気中の窒素を養分にするマメ科植物の能力

−共生的窒素固定のポジトロンイメージング技術による画像化−

図4-22 ポジトロンイメージングによる撮像の様子(左)と供試したダイズ植物体(右)

図4-22 ポジトロンイメージングによる撮像の様子(左)と供試したダイズ植物体(右)

植物育成庫内に設置した一対の検出器の間に、地下部をアクリル製の容器に入れたダイズ植物体を置きます。容器内には水耕液を満たしておき、撮像開始と同時に液面を下げながら極微量の放射性窒素を含むガスを容器内に導入し、根粒にガスを10分間暴露したあと、新鮮な空気で洗い流します。その間、容器内の放射性窒素の分布を10秒に1枚ずつ連続的に撮影します。

 

図4-23 多数の根粒が着生した根の基部(左)と対応する領域のポジトロンイメージング画像(右)

図4-23 多数の根粒が着生した根の基部(左)と対応する領域のポジトロンイメージング画像(右)

個々の根粒に窒素が固定されていることが分かります。この例では、窒素固定の速度が根粒全体で1時間当たり約7μgであると画像から算出できます。

農作物を栽培する上で、窒素は土壌への補給を最も必要とする栄養素のひとつです。空気の成分の約80%を占める窒素ガスを、植物が利用できるようなアンモニアなどの窒素化合物へと変える働きを「窒素固定」といいます。その代表的なものとして、化学窒素肥料の生産に利用される工業的窒素固定のほかに、マメ科の植物などが行う「共生的窒素固定」が挙げられます。これは植物が根粒菌という地中の微生物を根に取り込み、根粒というコブのような器官を形成し、根粒菌の働きを借りて空気中の窒素を栄養に変えるというものです。化学窒素肥料は食糧生産に不可欠ですが、一方ではその生産に莫大な化石燃料を必要とし、農地への過剰な施用による水質汚染などの問題も生じています。持続的な食糧生産のためには、化学窒素肥料を無駄なく効率的に利用する方法を確立するとともに、共生的窒素固定の積極的な利用が望まれます。

私たちは、放射性トレーサを用いて生きた植物体内の様々な物質の動きを観測する「植物ポジトロンイメージング技術」の開発を進めてきました。このたび、窒素の動きを観測するため放射性窒素ガスの新たな製造方法を開発することにより、ダイズの根粒が空気中の窒素を栄養として取り込む様子を、自然な状態のまま植物体を傷つけることなく観測することに世界で初めて成功しました(図4-22,図4-23)。さらに、得られた画像データをもとにダイズ根粒の窒素固定の能力を測ることにも成功しました。

本技術により、共生的窒素固定の仕組みの解明が飛躍的に進むことが期待できます。ダイズに化学窒素肥料を過剰に与えると共生的窒素固定の能力が下がり、収穫量がむしろ減ってしまうことがありますが、本技術により共生的窒素固定を活かした化学窒素肥料の効果的な施用方法が確立できれば、環境負荷を軽減した持続的な食糧生産に貢献できるだけでなく、現在自給率がわずか4%程度しかない我が国のダイズの生産量を倍増させることも可能と考えられます。マメ科の植物は直接食糧となるものだけでなく、油の原料,緑肥や飼料となる多くの重要な作物を含むので、将来的には更に大きな波及効果が期待できます。