図4-13 コヒーレント量子制御による分子振動制御の概念図
図4-14 ヨウ素分子の核間距離ごとのポテンシャルエネルギーと光プロセスの模式図
図4-15 蛍光スペクトル
我が国が進める核燃料サイクルへの貢献を目指して私たちはレーザーによる同位体分離の研究を行っています。その中で将来の同位体分離技術革新につながる新しい同位体選択原理の研究を行っており、今回、精密分子振動制御のための素過程の観測に成功しました。
従来の単色レーザーを用いる方式は原理的に高い選択性を期待できる優れた方法ですが、物質の持つ熱的な雑音に弱いため、光吸収波長の同位体差があまり大きくない重元素には適用困難になるという問題があります。この問題を克服するために、従来とは正反対の幅広いスペクトルを有する先進的な極短パルスレーザーを用いる全く新しい方法を検討しています。レーザーのパルス波形を自由に制御する技術を駆使して、物質の持つ量子力学的な波動性を利用する「コヒーレント量子制御」と呼ばれる技術です。
2007年度に私たちが行った理論計算により、分子が激しく振動する状態では同位体差が100倍以上大きくなることが明らかになりました。そこで、分子の持つエネルギーを精密に制御しながらも分子を激しく振動させる技術の開発に取り組むことにしました(図4-13)。今回は、ヨウ素分子をモデルとして用いることにより、この振動制御の研究に適した実験系の確立を目指しました。
実験は関西光科学研究所にある高繰り返しkHzチタンサファイアレーザーを用いました。30fsという極めて短いレーザーパルスを、あらかじめ緑色レーザーにより高エネルギー状態(B状態)にしておいたヨウ素原子に照射しました。そこから最安定な状態(X状態)に復帰する際に発生する蛍光を分光することにより(図4-14)、振動エネルギーが量子力学的に許される最小単位あるいはその2倍だけ増加あるいは減少することを確認できました(図4-15)。一般に、ヨウ素分子は分光学的研究における代表的なモデル分子ですが、今回確認した光プロセス「電子励起状態B 3II(0+u)からのラマン散乱」は今までに見つかっていないものでした。また、振動エネルギーの増加と減少をチャープ(パルス時間内における波長成分の時間変化)により選択できることを初めて示すことができました。今後は、より激しく振動させることにより理論予想どおり同位体選択性が高まることを実証していく予定です。
この振動制御は同位体の微小な振動エネルギー差を増幅することに対応します。増幅された同位体差は光分解などにより更に化学種の違いに変換され、通常の化学的分離を適用できるようにします。今後これらのプロセスの基礎研究も進めていきます。