図4-16 γ線の発生と同位体検出実験の体系
図4-17 鉄箱内部の鉛208の形状測定の結果
レーザー・コンプトン散乱は、高エネルギー電子とレーザーを衝突させて高エネルギーの光子(X線,γ線)が発生する現象です。レーザー・コンプトン散乱で発生するγ線のエネルギーは、電子ビームエネルギーまたはレーザー波長を選ぶことで自由に変えることができます。
原子核は同位体ごとに固有の励起準位を持っており、この励起準位に等しいエネルギーを持ったγ線を入射することで、原子核の励起,脱励起反応を起こすことができます。この反応は原子核共鳴蛍光散乱と呼ばれます。私たちは、レーザー・コンプトン散乱で発生したγ線と原子核共鳴蛍光散乱を組み合わせることで、物体に含まれる同位体を非破壊で検出する方法を提案しました(図4-16)。
この同位体検出法を実証するために、産業技術総合研究所の電子加速器(TERAS)を用いて実験を行いました。実験では、厚い(15mm以上の)鉄板で覆われた20mm角の鉛ブロック(鉛の同位体鉛208を含む)を試料とし、この試料にエネルギー5.5MeV(鉛208の共鳴エネルギーと同じエネルギー)、太さ1.3mmのγ線ビームを照射位置を変えながら照射し、試料から散乱するγ線を計測することで、厚い鉄に覆われた鉛ブロックの位置と形状(一次元形状)を取得することに成功しました(図4-17)。厚い遮へいを通して同位体の検出ができたのは、強い透過力を持つγ線の特徴によるものです。γ線ビームのエネルギーは電子エネルギーを選ぶことで変えられますので、鉛208に限らず、ほぼ全ての同位体を本手法で非破壊に検出できます。さらに、より強度の強いγ線を用いれば二次元,三次元の形状測定も可能です。
従来技術であるX線透過撮像法は、物体の密度の違いからその内部の形状を認識することが可能ですが、物体に含まれる同位体を識別することはできませんでした。原子力発電所で取り扱う燃料棒や放射性廃棄物には、核分裂物質を含めて様々な同位体が含まれています。物体に含まれる同位体の濃度,位置,形状を非破壊で測定することは、安全かつ効率的な核燃料サイクルの実現に必要です。本研究は、レーザー・コンプトン散乱γ線の利用として、放射性廃棄物に含まれる長寿命核種の濃度計測、貨物中に隠ぺいされた核物質や爆発物の検知等への利用が期待されます。
今後、この手法を産業化するためには、レーザー・コンプトン散乱γ線の更なる高輝度,大強度化が必要です。このための要素技術である、エネルギー回収型リニアック,低エミッタンス大電流電子銃の研究を行っています。