図5-8 リウェットと液滴
図5-9 熱伝達率の計測とモデルの比較
図5-10 リウェット速度の計測とモデルの比較
沸騰水型原子炉の炉心では、蒸発量の増加や流量の減少によって液膜が枯渇すると熱伝達が劣化して燃料温度が急上昇し、燃料被覆管の破損につながるおそれがあります。このような熱伝達の劣化を「沸騰遷移」と呼び、現行炉では通常運転時はもちろん、異常過渡時においてもこれを回避するように設計することが要求されています。一方これまでの研究で、沸騰遷移が起きたとしても短時間のうちに事象が終結すれば燃料の健全性は必ずしも脅かされないという知見が蓄積されてきています。社団法人日本原子力学会ではこれを踏まえ、沸騰遷移状態が持続する期間とその間の被覆管温度が定められた条件内に収まる場合には沸騰遷移の発生を許容するという基準(学会基準)を提案しています。私たち原子力機構では、学会基準に示されている被覆管温度評価手法の技術的妥当性を検証することを目的に、様々な実験や解析を行っています。
沸騰遷移に関連する現象で予測が難しいとされているのがリウェット(図5-8)で、乾き面上を進行する液膜のスピードを意味する「リウェット速度」は、沸騰遷移の終結を決定する重要な因子となっています。従来研究では、原子炉異常過渡のような高圧・高流量過渡条件でのリウェット速度の計測例はほとんどありません。私たちは、被覆管を模擬した円管を試験部として、学会基準を包含する広い条件での実験を行い、リウェット速度とリウェット速度の計算に必要な熱伝達率を予測する独自のモデルを開発しました。
一連の研究から、図5-8に示したように、冷却水の流量が高い条件では流路を流れる液滴の濃度が高く、この液滴が液膜先端付近の乾き面に衝突することで冷却を促進し、リウェット速度を向上させる効果があることを見いだしました。図5-9に液膜先端付近の乾き面を含む熱伝達率の計測結果とモデルの比較を示します。従来の液滴衝突を考慮しないモデルと比較して、私たちが開発したモデルでは低過熱度領域での予測性能が大幅に改善されていることが分かります。
このような液膜先端付近での液滴衝突の効果は「先行冷却」として以前から知られていました。リウェット速度の予測モデルにはこの効果を組み込みました。図5-10に計測値とモデル計算値の比較を示します。先行冷却を考慮したモデルは実験データと良好に一致することが分かります。液滴濃度が高くなる高流量条件では先行冷却の効果が顕著に卓越して、リウェットに対する支配的な役割を果たすことを明らかにすることができました。