図5-11 溶接シミュレーションの概要
図5-12 溶接開先とSCC部のFEM要素分割
図5-13 地震による溶接部の残留応力の低下の様子
原子力発電所の耐震安全性に関して、2006年9月の耐震設計審査指針の改訂や、2007年7月に発生した中越沖地震に対応し、従来よりも大きな地震を想定して機器の健全性を評価する手法の確立が重要な課題となっています。一方、原子炉の炉内構造物や重要な配管の溶接部において、材料,応力と腐食環境の相互作用により発生する応力腐食割れ(SCC)が近年顕在化しています。このような安全上重要な機器にSCCが存在する場合に、地震動が機器にどのような影響を及ぼすかを調べることは、地震時の安全性評価に対して重要な意味があります。一般に、機器に負荷されている引張応力が大きいほど、SCCは発生しやすく、その後の成長も速くなります。実際、SCCは溶接などにより残留応力が生じた部位に多く発生していることが知られており、これが引張応力である場合にSCCの発生と成長を促す最も重要な原因のひとつとなります。しかし、残留応力の評価は容易ではなく、特に使用状態の部材内部における応力分布は測定することも困難ですので、SCC発生・成長に重要な残留応力評価の手段は、高度な測定方法や専門的な解析に限られるのが現状です。
私たちは、これまで実験を行い精度を確認しながら、有限要素法(FEM)に基づく、世界でも高い精度の溶接シミュレーション技術(図5-11)を開発してきました。この技術を活用し、ステンレス製配管の溶接部を対象に、溶接により発生する残留応力の分布を評価するとともに、地震を想定した荷重がこの配管溶接部に加わった際に、残留応力がどのように変化するかを調べました(図5-12)。その結果、過大な荷重が加わると、残留応力は緩和され、配管内面に発生していた引張応力が低下する現象を見いだしました(図5-13)。この残留応力の緩和の現象は、溶接部近傍にSCCが既に発生していた場合においても同様に起きることが確認されました。これらより、応力の観点からは、地震はSCCの存在する配管溶接部の健全性に悪影響を及ぼさないことが示唆されました。すなわち、地震によって残留応力が緩和した条件でSCC進展解析を行ったところ、地震による荷重の条件によっては、SCCの成長が1/2程度に遅くなるなど、地震時の安全性評価にかかわる成果が得られつつあります。
このほか、溶接施工に伴う残留応力のばらつきが機器の健全性に及ぼす影響について、確率論的破壊力学に基づく研究も進めています。