図7-16 立位姿勢ファントム
図7-17 131Cs摂取時の臓器線量と実効線量の姿勢間の比較
図7-18 126Ba,131Cs,178Wを摂取した時の臓器線量比の分布
放射線被ばくによる人体への影響を評価するためには、臓器に対する放射線の付与エネルギー(臓器線量)を体格,臓器形状,人体組成を再現した人体モデルを用いて計算する必要があります。近年、実際の人の医療画像をもとに、直方体(ボクセル)を組み合わせて臓器形状を再現したボクセルファントム(ファントム)が、様々な人種,年齢,体格の被験者のデータに基づいて開発され、線量評価に利用されています。その中で、国際放射線防護委員会(ICRP : International Commission on Radiological Protection)が推奨する標準ファントムは、西欧人の体格データをもとに開発されており、今後、放射線防護における線量計算に利用される予定です。
一方、放射線作業は、立った姿勢(立位)で行うことが多いのに対して、医療画像は、通常、仰向けに寝た姿勢(臥位)で撮影されるため、これまでに開発されたファントムの姿勢は臥位のみでした。そのため、実際の作業姿勢により近い立位との違いを明らかにすることができませんでした。そこで、私たちが以前開発した、日本人成人男性の臥位ファントムの被験者と同一人物の立位CT画像を用い、立位ファントムを世界で初めて開発しました(図7-16)。両者は同一人物のCT画像を基にしているため、その臓器線量を直接比較し、姿勢が被ばく線量評価に及ぼす影響を解析することが可能です。これらのファントムは、約1mm角のボクセルを用いて構築されており、甲状腺などの形状が複雑な臓器についても精密に再現しています。
臓器線量の計算例を図7-17に示します。臥位から立位への姿勢変化による腎臓及び肝臓の線量の変動量は、それぞれ170%,70%であり、心臓及び肺の線量の変動量よりも大きいことが明らかになりました。これは、姿勢が変化した時の腎臓及び肝臓の移動距離が、心臓や肺よりも大きいためと考えられます。また、姿勢変化によって臓器線量が変化しますが、ほぼ9割の臓器の線量の変動は2倍以内であり(図7-18)、姿勢が線量評価に及ぼす影響は小さいことを確認しました。本成果は、姿勢が臓器線量に及ぼす影響は小さく、ICRPが推奨する臥位姿勢の標準ファントムを用いても、放射線防護上大きな問題は生じない根拠として、標準ファントムに関するICRP報告書(ICRP publication 110)に引用されました。