14-10 極微のイオンビームを素早く切り換える

−サイクロトロンにおけるカクテルビーム加速とマイクロビームの融合−

図14-22 フラットトップ加速とカクテルビーム加速の原理説明図1
図14-22 フラットトップ加速とカクテルビーム加速の原理説明図2

図14-22 フラットトップ加速とカクテルビーム加速の原理説明図

台形波を作ってエネルギーのそろったイオンビームを加速するフラットトップ加速技術(a)と、短時間でイオンビームの種類・エネルギーを切り換えるカクテルビーム加速技術(b)の二つの“究極の技”がそろって、世界最高エネルギーの1ミクロン級マイクロビームを短時間で切り換えて提供することが初めて可能になりました。

 

図14-23 マイクロビームを切り換えるまでのフローチャート

図14-23 マイクロビームを切り換えるまでのフローチャート

高度な調整が必要なためにマイクロビーム形成には長時間を要しますが、いったん形成できれば、30分で別のイオンのマイクロビームを提供できます。

 

図14-24 1000lines/inの銅グリッドをマイクロビームでスキャン照射して得られた二次電子像

図14-24 1000lines/inの銅グリッドをマイクロビームでスキャン照射して得られた二次電子像

(c)は520MeVアルゴンビーム、(d)は260MeVネオンビームを照射して得られました。エッジの立ち上がり(明暗部の境界)から評価したマイクロビーム径は、ともに約1ミクロンです。

高崎量子応用研究所のイオン照射研究施設(TIARA)では、サイクロトロンで加速したイオンビームを用いてバイオテクノロジーや材料科学の研究が行われています。現在は、イオンビームの直径を約1ミクロン(1mmの1000分の1)まで絞ったマイクロビームを利用する研究が活発になっています。マイクロビームは磁気レンズを使用して形成します。サイクロトロンは図14-22(a)に示すように交流電圧(基本波電圧)を用いてイオンを加速するので、加速のタイミングが異なるイオンの間にはわずかなエネルギーの差が生まれます。これをエネルギー幅といいますが、サイクロトロンのビームでは通常0.2〜0.3%程度あります。小さい値に思えますが、磁気レンズを通過するときの軌道に若干の違い(色収差)を生じるので像がぼやけてしまい、1ミクロンのマイクロビームを得ることは困難でした。そこで、エネルギー幅を小さくするために基本波電圧に第5高調波を加えて台形波を発生するフラットトップ(FT:Flat-top)加速装置を開発しました。FT加速では台形の平らな電圧部分でイオンを加速するため、従来よりも一桁小さいエネルギー幅のビームを得ることができました。この結果、520MeVアルゴンビームで世界最高エネルギーの1ミクロンビームを形成しました。しかし、図14-23に示すようにマイクロビームを形成するまでに8時間も必要になります。そこで、イオンやエネルギーを次々に変えて効率良く照射実験を行うために、カクテルビーム加速を導入しました(図14-22(b))。この技術では、電荷と質量の比率がほぼ等しいイオン種をサイクロトロンへ同時に入射して加速を始めますが、最後まで加速されるイオンは高電圧の加速周波数と完全に一致して回転するもの(この例はアルゴン)のみです。別のイオンを加速したい場合は加速周波数を変更すればよいので、短時間で切換が可能です。FT加速,カクテルビーム加速というサイクロトロン特有の“技”を組み合わせて、世界最高エネルギーのマイクロビームを形成し、イオン種を素早く切り換えることに成功しました(図14-24)。