図6-8 中性子照射量に対する陽電子寿命の変化
図6-9 三次元アトムプローブで観察した溶質原子クラスター
我が国で最も古い原子力発電所は、運転開始から40年以上が経過し、今後も長期運転が増えていきます。現行の原子力発電所を長く使うことは、温暖化抑止や安定したエネルギー供給の観点から望まれることですが、それには十分な安全性確保が大前提です。
原子力発電は、原子炉から核反応に伴う中性子が放出されます。原子炉を取り囲む原子炉圧力容器(圧力容器)は、中性子を受けると脆くなる性質があり、その寿命に大きく影響します。
この脆化の程度は、あらかじめ炉内に入れておいた圧力容器の材料を定期的に取り出して機械的性質を調べる試験により評価します。また、中性子照射量に対する脆化の増加傾向をもとに、将来の脆化予測も行います。しかし脆化の主因として、中性子照射により材料内に形成される欠陥(原子配列の微細な乱れや空隙)とクラスター(ナノメートルサイズの原子集合体)が挙げられており、圧力容器をどの程度使用したら、何が原因でどれだけ脆化が進むのか、という機構論的な理解には微視的な組織観察が必要です。現在、国内の圧力容器に対して微視組織観察に基づいた脆化予測式が考案されていますが、より広い照射条件での実証データによる改良は必要です。
私たちは、陽電子寿命法と三次元アトムプローブ法というナノメートルサイズの組織を観察できる手法を使って、より精度の高い脆化予測を目指しています。陽電子寿命法では、材料中の欠陥の種類と量を知ることができます。材料試験炉(JMTR)を用い、高い中性子照射速度で、実機の運転温度(約290℃)での照射実験を行った結果、中性子照射量が少ないうちに欠陥が急激に導入されることが初めて分かりました(図6-8)。一方、三次元アトムプローブ法では、クラスターを観察できます。銅はクラスター形成の中心的役割を担うと考えられており、銅濃度の高い材料中では銅を含むクラスターが観察されました。これに加え、銅濃度の低い材料でも、銅を含まないクラスターが形成されることも分かりました(図6-9)。機械的性質から脆化は銅濃度におおよそ比例することが知られていますが、ナノ組織観察により、銅濃度の低い材料でも銅を含まないクラスターの形成による脆化を考慮した圧力容器の寿命予測が必要なことが示されました。
私たちは、圧力容器の脆化に対する予測評価の更なる精度向上を図るとともに、より長期にわたる安全な使用への貢献を目指します。