図6-10 RPVのPTS事象
図6-11 残留応力の考慮の有無に対する周方向応力
図6-12 き裂進展力の比較
原子力発電プラントを安全に運用する上で、原子炉圧力容器(RPV:Reactor Pressure Vessel)はどんな場合でも健全であることが必要です。このため、長期利用に伴う材料の劣化などを考慮して構造健全性を確認し、安全確保を図る必要があります。加圧水型原子炉では図6-10に示す加圧熱衝撃(PTS:Pressurized Thermal Shock)がRPVの構造健全性を評価する上で最も厳しい事象のひとつです。 PTS事象は、注入された非常用炉心冷却水によりRPVが急冷され、容器内表面に大きな引張応力が発生する事象です。 RPVは厚肉の低合金鋼で作られているため、冷却水に接触する内面は腐食から守るためのステンレス鋼が一様な厚さで肉盛溶接されています。この肉盛溶接によりクラッド部に残留応力が生じ、構造健全性に影響を及ぼす可能性があります。一方、国内における現行のRPVの健全性評価方法においては、肉盛溶接クラッド部は強度部材ではないことから、その取扱いは明記されていません。
そこで私たちは、肉盛溶接による残留応力が構造健全性に及ぼす影響を確かめるため、有限要素法を用いた応力解析及び破壊力学解析を実施しました。溶接残留応力解析では、肉盛溶接クラッド部には残留応力として、ステンレス鋼の降伏応力に匹敵する高い引張応力が発生することが分かりました。次に、PTS事象を模擬して応力解析を行い、肉盛溶接による残留応力を考慮しない場合と比較して、PTS発生時のRPV内表面付近に係る周方向応力は、残留応力を考慮した場合の方が高いという結果が得られました(図6-11)。さらに、RPV内表面にき裂が存在すると仮定してPTS事象時における破壊力学解析を行い、残留応力が RPVに対するき裂進展力に与える影響を評価しました。その結果、肉盛溶接による残留応力を考慮することで、それを考慮しない場合と比較して、き裂進展力が高くなる場合があることが示されました(図6-12)。
現行の健全性評価方法では、評価に影響する残留応力等の不確かな要素に対応するために、安全率やマージンが設定されていますが、肉盛溶接による残留応力を考慮することにより、健全性評価の精度を高めることができると考えられます。今後も最新の知見を反映した残留応力解析や破壊力学解析の精度向上のための研究、定量的な評価方法の整備を進めていきます。