図10-6 乱流モデルの違いによる流体が構造に与える圧力の差
原子力施設には、原子力発電で使い終わった燃料を、冷やしながら一時的に保管しておくための水槽(使用済燃料プール)があります。使用済燃料プールが巨大地震によって揺れると、「スロッシング」と呼ばれる水の液面が大きく揺れる事象が生じ、プールからの放射性を帯びた水の溢流や、流体の圧力によるプール及び付随する構造物の損傷を引き起こす可能性があります。これらの問題を未然に防止するためには、スロッシングにより発生する波の高さや圧力を事前に把握する必要があります。
これまでのスロッシングの実験やシミュレーションでは、構造物から受ける抵抗によりスロッシングによる波の高さが減衰することや、構造物に作用する圧力が水面近傍で最大となることが分かっています。しかし、スロッシングが長く続き、プールの水面や構造物近傍で水が乱れた状態(乱流状態)になった際の、波の高さや圧力への乱流の影響についてはまだ良く分かっていないため、これまでは保守的に評価されていました。
そこで本研究では、より定量的に評価するとともに、乱流がどのように影響するかの物理的機構を明らかにするため、乱流の生みの親であるレイノルズ応力と呼ばれる6成分を持つ量を精緻に解ける流体解析モデルを提案しました。実験では、様々な乱流成分を分解して調査するのは容易でないため、機構解明のためにはシミュレーションを用いた調査が効果的です。しかし、これまで汎用的に用いられてきた従来モデルでは、実験結果とずれてしまいます。ここで、従来モデルでは、乱流の運動方向が等方的な場合には結果の精度は良い一方で、スロッシングのように水面や構造物近傍で乱流の渦が扁平に変形する場合には精度が悪くなることを見いだしました。この原因として、従来モデルは、レイノルズ応力の3成分しか解いていないためであると考えました。そこで、本研究では6成分すべてを考慮したシミュレーションを行ったところ、より実験と合う結果が得られました。図10-6は、プールの壁面に与える流体圧力について、従来モデルと私たちが提案しているモデルを用いて解析した結果を、実験結果と併せて示しています。その結果、提案モデルを用いることで、圧力の二つのピークや、ピーク間の圧力降下などを、従来モデルと比較してより実験結果に近づけることができました。また、波の高さについても実験結果と良好に一致する結果を得ることができました。
今後は、提案モデルを用いてより現実に近い使用済燃料プールの形状と観測地震波を用いた数値計算を行い、地震時の使用済燃料プールの流体挙動を予測することを目指します。