5-1 水素を吸収した燃料被覆管が壊れやすい理由

−水素の介在により変化するジルコニウム結晶中の割れの伝わりやすさ−

図5-2 ジルコニウム水素化物の第一原理計算モデル

図5-2 ジルコニウム水素化物の第一原理計算モデル

水素を吸収した被覆管中でできる結晶のモデル(上の図はジルコニウム水素化物)を作り、結晶面を引き離したりすべらせたりしたときの抵抗の大きさを評価しました。

 

図5-3 水素が介在すること による結晶のすべりやすさ、割れの伝わりやすさの変化

図5-3 水素が介在することによる結晶のすべりやすさ、割れの伝わりやすさの変化

図5-3 水素が介在することによる結晶のすべりやすさ、割れの伝わりやすさの変化

(a)の等高線図には中央に大きな山が見られ、水素化物結晶をどの方向にすべらせても大きな抵抗を受けることを示しています。(b)は水素の割合による結晶中の割れの伝わりにくさの変化です。水素の割合が増えるにつれ、水素化物では急激に割れが伝わりやすく、固溶体では逆に割れが伝わりにくくなることが分かります。

原子炉の中で燃料を使用すると、燃料ペレットを入れたジルコニウム(Zr)合金被覆管は徐々に酸化し、このとき生じる水素の一部は被覆管に吸収されます。水素を吸収し過ぎると被覆管は少ない変形量でも破損しやすくなる(脆化)ので、原子炉の安全性評価では、水素の影響が十分小さいことを確認します。水素は被覆管中で一部が溶けてZr水素固溶体に、残りの大部分が溶けずにZr水素化物結晶の析出物になること、またこの水素化物中あるいはその周辺で小さな割れが生じ脆化の原因となることが分かってきています。しかし、こうした割れが生じる仕組みの詳細については未だに分かっていません。

私たちは、数nm程度までの大きさの結晶の性質を正確に評価することのできる第一原理計算を用いて、水素原子と被覆管の脆化のかかわりを調べました。まずZr水素化物(図5-2)とZr水素固溶体の結晶モデルを作ります。そして、結晶面を引き離したり、すべらせたりしたときの抵抗の大きさが、水素の存在によってどのように変化するかを調べました。

まず水素化物結晶面を引き離すときの抵抗は、純粋なZr結晶を20%程下回りました。次に図5-3(a)は水素化物結晶面のすべりに対する抵抗の大きさを等高線で表したものです。中央に赤い領域が広がっており、結晶をどうすべらせても最低1.0 J/m2程度の抵抗が生じます。これは水素固溶体の約4倍で、水素は特に水素化物のすべり抵抗を大きくしていることになります。

以上の結果を使って、図5-3(b)では結晶中の割れの伝わりにくさD を評価しました。D は結晶がすべりやすいほど、また引き離しづらいほど大きくなり、例えば柔らかく延性が大きい金(Au)で大きく、常温でも脆いイリジウム(Ir)で小さくなります。Zr水素化物はIrよりもD が小さく、水素の存在によって非常に割れが伝わりやすくなることが分かります。つまり、被覆管の脆化は水素化物が割れることを通じて起こる可能性が大きいといえます。

このような知見を裏付けとして、水素の影響をより正確に反映できる安全評価手法の開発が行われています。また、現在重大な事故といったこれまでの経験を超えた状況での対応が課題となっています。被覆管の脆化のように、原子炉の安全性に直結する現象の解明を進めることは、これらの課題解決にあたって適切な判断を支える土台となるものです。