図5-15 炉心損傷事故の際のヨウ素放出
図5-16 格納容器気相中のヨウ素割合
原子炉事故時における公衆の被ばく評価には、環境への放射性物質の放出タイミングと量、すなわちソースタームが必要となります。その中でもヨウ素は、内部被ばくの観点から特に重要です。多くのヨウ素は、図5-15に示すように格納容器内の液相中にいったん溶解しますが、様々な化学反応により揮発性の高い化学形(I2や有機ヨウ素)に変換し気相に再放出されます。再放出は、水温,pH,放射線の強度や液相に溶存する壁面ペイント溶剤など種々の不純物の量に依存する複雑な現象であり、広範なシビアアクシデント(SA)時の条件下における知見が不足していました。そのため、この現象はソースターム評価上の不確かさ要因のひとつとなっています。
この不確かさを低減するため、近年、原子力機構ではヨウ素の再放出に関する実験を実施し、種々のパラメータの影響に関する基礎データを取得するとともに、化学反応速度論に基づいて水の放射線分解やガス状ヨウ素生成に関わる反応を考慮可能なヨウ素化学挙動解析コードKicheを開発しました。
SA時のソースターム評価には、放射性物質の移行挙動が炉心溶融進展などの熱水力挙動に影響を受けるため、これらを一括して計算可能なSA解析コードの利用が不可欠です。本研究では、原子力機構で開発中のソースターム解析コードTHALES2にKicheを組み込むことで、気相中へのヨウ素再放出にかかわる評価性能の改善を図るとともに、それを用いた多様な事故シナリオのソースターム評価を進めています。
図5-16に、110万kWe級BWRを対象とした解析結果例として、炉心冷却機能喪失によって炉心損傷に至ったとしても格納容器は健全なまま事故が終息する、というシナリオに対する格納容器気相中のヨウ素割合を示しています。CsIのみ想定していた従来評価では、気相中のCsIが主にエアロゾルの形態をとり、重力による沈降やスプレイによる低減効果によって、最終的には10-6程度となりましたが、ヨウ素化学反応の考慮により、従来考慮していなかったI2の気相への放出と蓄積が断続的に生じること、そして酸性条件ではI2の蓄積が増加することが明らかになりました。本結果は、SA後の対策としてヨウ素の再放出抑制には、長期的なpH管理が重要であることを示唆しています。
今後は、有機ヨウ素反応の影響や東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故の分析を進めていく予定です。