図11-2 照射量に対するリンの粒界偏析量の変化
図11-3 リンの粒界偏析量に対する炭素の影響の考察
鉄鋼材料に含まれるある種の不純物元素は、材料中を拡散し結晶間の界面である粒界に偏析(粒界偏析)し、粒界の結合力を弱め、材料全体の強度を低下させます。この現象は粒界脆化と呼ばれます。さらに、不純物の粒界偏析は、放射線の照射で促進されます。そのため、原子炉で使われる鋼材での不純物の粒界偏析を評価することは、原子炉の健全性の点で非常に重要な課題です。
鋼材中の不純物の多くは、母相の鉄原子と置き換わり結晶格子上に安定に存在します。しかし、鋼材中を容易に移動できる空孔(原子がない格子点)や格子間原子対(安定な格子点にない二つの鉄原子が作る対)が近づくと、それらとの相互作用で安定位置の不純物原子は移動可能となり粒界に偏析します。また、材料が照射されると、鉄原子が安定な格子点から弾き出されるため、多くの空孔や格子間原子対が生じ、粒界偏析が促進されます。
本研究では、原子炉圧力容器の鋼材での粒界脆化の原因であるリン原子の粒界偏析について、空孔,格子間原子対,リン原子それぞれの拡散レート方程式を連立して解き評価しました。空孔や格子間原子対の拡散レート方程式において、消滅の大きさを表すシンク強度の値が大きいほど、それらの量が減り、粒界偏析が抑制されます。また、空孔や格子間原子対の拡散の速さや、それらによるリン原子の拡散の速さは、従来、経験的な値が使われていましたが、今回は、原子レベルの計算で見積もった空孔や格子間原子対の移動や、それらとリン原子の結合解離などのエネルギーから理論的に導出した値を使いました。さらに、鉄鋼に必ず含まれる炭素原子と空孔や格子間原子対との相互作用を原子レベルの計算で詳細に評価し、その影響を空孔や格子間原子対の拡散の抑制として考慮しました。図11 -2から、炭素を考慮した場合は、考慮しない場合より小さなシンク強度で観測結果を再現するため、炭素はリンの粒界偏析の抑制効果があることが分かりました。図11 -3から、炭素は主に空孔に作用し粒界偏析を抑制することも明らかとなりました。
今回の計算手法では、より高照射や異なる照射条件でのリン原子の粒界偏析傾向についての検討が可能です。さらに、多様な不純物に対しても同様の計算手法が適用可能と考えます。
本研究は、独立行政法人原子力安全基盤機構からの受託研究「平成21年度高照射量領域の照射脆化予測(粒界脆化と確率論評価手法に関する調査)」の成果の一部です。