図11-4 中性子散乱実験の模式図
表11-1 BaFe2(As,P)2の中性子散乱強度の実験値と理論計算値
超伝導とは、ある温度以下で電気抵抗が突然ゼロとなる劇的な現象です。この特性を活かし、原子力分野では、核融合炉や加速器等の巨大磁場発生コイルや放射線の検出器等に応用され更なる研究開発が行われています。
2008年、鉄を含む新しい高温超伝導材料(鉄系超伝導体)が発見されました。この材料は様々な化学組成で合成可能なため、より高い超伝導温度を示す組成を探す研究が世界中で行われ、原子力機構でも大強度陽子加速器施設(J-PARC)において、鉄系超伝導体BaFe2(As,P)2を対象に中性子散乱実験研究が行われました(図11 -4)。これらにより、超伝導発現への鉄の磁性の関与が示唆されるようになりましたが、まだ十分裏付けられていません。このためには超伝導発現の起源となる電子ペアの性質を明らかにしなければなりませんが、実験により見いだすのは困難です。
そこで私たちは、BaFe2(As,P)2を対象に、中性子散乱の仮想実験(シミュレーションによる中性子散乱強度計算)を行うことで電子ペアの性質を明らかにすることを試みました。ここで、従来の研究では、現実より数10倍高いエネルギースケールの電子相関効果しか扱えていないことが実験結果との齟齬を生んでいる要因であると考え、その解決のために、第一原理計算に基づいたモデルと、電子相関効果を高精度に計算できる乱雑位相近似を用いた新たな数値計算手法を開発しました。
また、計算量を削減し現実的に実行可能なコードとするために、計算順序の抜本的変更とOpenMP+MPIによるハイブリッド並列計算コードを実装しました。
鉄系超伝導体では、磁性との関与の仕方の異なる電子ペアの候補が複数提案されていますが、これらの中で有力な電子ペアの候補を使って仮想実験を行い、結果をJ-PARCの実験結果と比較しました(表11 -1)。その結果、実験結果との齟齬を回避することに成功し、磁性の関与がやや弱い候補3のモデルが最も実験結果を再現することを見いだすことで、鉄が持つ磁性が関与していることを裏付ける結果を得ました。この結果は、ほかの鉄系超伝導体でも同様の機構となっている可能性があることから、機構解明への足がかりとなる成果といえます。
本研究は、独立行政法人科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)の助成により実施した受託研究「ミクロ・メゾ・マクロの各スケールのシミュレーション研究基盤の構築、各スケールに跨るマルチスケール・マルチフィジックス研究」の成果の一部です。