13-7 1MW大強度陽子ビームの実現へ向けて

−ペイント入射法によるビーム損失の低減−

図13-15 横方向ペイント入射の有無による横方向ビーム分布の比較

図13-15 横方向ペイント入射の有無による横方向ビーム分布の比較

横方向ペイント入射の導入により、ビームの電荷密度が均一化しています。

 

図13-16 縦方向ペイント入射の有無による縦方向ビーム分布の比較

図13-16 縦方向ペイント入射の有無による縦方向ビーム分布の比較

縦方向ペイント入射の導入により、ビームの電荷密度が均一化しています。

 

図13-17 420 kW出力運転時のペイント入射の有無によるビーム損失の比較

図13-17 420 kW出力運転時のペイント入射の有無によるビーム損失の比較

入射終了直後に発生したビーム損失がペイント入射により低減しています。

J-PARC Rapid Cycling Synchrotron(RCS)は、物質・生命科学実験施設へのビーム供給と後段のMain Ring Synchrotronへの入射器という二つの役割を担っており、前段のリニアックから入射された陽子を25 Hzの速い繰り返しで3GeVまで加速し、最終的に1MWという世界最高レベルの大出力運転の実現を目指しています。

RCSのような大強度陽子加速器では、ビーム損失により生じる機器の放射化が出力強度を制限する最大の要因となるため、ビーム損失の低減が出力増強過程で直面する重要な研究課題となります。ビーム損失の原因は多様ですが、ビーム中の陽子が互いに電気的に反発し合うことで生じる空間電荷効果が主原因のひとつに挙げられます。この効果は、陽子のエネルギーがまだ低い入射終了直後に最も顕著となるため、その時間帯でのビーム損失の原因となります。RCSでは、この効果を緩和するために、ペイント入射という手法を採用しています。ペイント入射とは横方向(ビーム進行方向に直交する方向)及び縦方向(ビーム進行方向)の位相空間に粒子をできる限り一様に分布させてビームの最大電荷密度を低減させる手法です。横方向については周回閉軌道と入射ビーム軌道の相対関係を入射期間中(0.5 ms)に変化させることでベータトロン振動の振幅を時間的に制御し、ビームを横方向空間に一様に分布させました(図13 - 15)。縦方向も原理は同様で、入射中に運動量オフセットを加えて大きな振幅を持つシンクロトロン振動を励起させることでビーム進行方向に一様な分布を作ります。この運動量オフセット入射にシンクロトロン振動のポテンシャル形状を時間的に変化させる手法を組み合わせて、最大電荷密度の大幅な低減を実現させました(図13 - 16)。私たちは、この入射法により420 kW相当の出力時に出現した15%という有意なビーム損失を1%以下まで低減させることに成功しました(図13 - 17)。

現状のRCSの入射エネルギーは181 MeVですが、2013年度にこれを400 MeVへ増強する予定です。その後、私たちは、設計出力1MWを目指すことになります。420 kW出力の際の入射エネルギー領域での空間電荷効果と入射エネルギー増強後の1MW運転時のその効果はほぼ等価であるため、本研究の成果は1MW出力実現に向けた大きな一歩と位置づけられます。