図1-30 クラウンエーテルの設計概念
図1-31 分子軌道法(DFT法)によるCs-DB20C6の分子軌道エネルギー
図1-32 DB20C6が結合したCs錯体の構造
東京電力福島第一原子力発電所の事故により、放射性セシウム(Cs)が環境中に放出され、農地などの土壌に放射性Csが取り込まれており、この放射性Csを取り除く材料(技術)が必要になっています。この中にはクラウンエーテルという化合物を用いた吸着剤があり、Cs等のアルカリ金属に対して選択性があることが知られています。また、高レベル放射性廃液からのCs回収を可能にするクラウンエーテルも開発されております。
本研究では、アルカリ金属に高い選択性のあるクラウンエーテルの設計・開発と性能評価・実用性検討を行いました。吸着剤の開発は、Csと同じアルカリ金属であるカリウム(K)に選択性のある化合物を出発物質として設計を開始しました。吸着剤の設計は、(1)Kより大きなCsに合わせるためクラウンの環サイズを広げる、(2)錯形成能力を高める、の2点に着目して行いました(図1- 30)。また、Csとクラウンエーテルの結合する強さや結合する形を分子軌道法を用いて計算しました。その結果、ジベンゾ20 -クラウン6-エーテル(DB20C6)では、元素のサイズを識別する能力に加え、ベンゼン環のπ電子とCsの d-f 混成軌道が相互作用するため、Csに対し選択的に結合することが分かりました(図1- 31)。Csは、d-f 混成軌道という軌道を持っていますが、環境中に多く存在するアルカリ金属であるナトリウム(Na)やKには存在しません。Csのd-f 混成軌道がベンゼン環のπ電子と相互作用することで、高濃度のNaやK存在下でもCsに対して選択的に吸着させることができます。この結合は、非常に強く安定な結合を作り高い吸着特性をもっていることが分かりました。形成された錯体の構造をSPring-8で調べたところ、Csの水溶液中での水分子との原子間距離が、π電子との相互作用により、0.05〜0.1Å短くなることが分かり、Csの水を引きつける力が強くなるなどの結果も得られました(図1- 32)。
福島県飯舘村におけるフィールド試験では、このDB20C6を用いる除染材により、農業用水等に含まれる放射性Csをほぼ100%の効率で取り除く事に成功しました。DB20C6のような有機化合物による吸着剤は、ゼオライトなどの無機吸着剤と異なり、使用後の焼却処分が可能なことから、汚染土壌の処理など、問題となっている廃棄物の減容処理への適用が非常に期待されています。
本研究は、文部科学省平成23年度科学技術戦略推進費による受託研究「放射性物質による環境影響への対策基盤の確立」の成果の一部です。