図5-10 中性子回折用低温引張試験機
図5-11 複合超伝導線材YBCOテープのひずみ挙動
中性子回折法は、中性子線の回折現象を利用して、原子間距離を定量的に評価する物理的な計測法であり、数cmオーダーの材料深部の応力・ひずみを測定できるだけでなく、材料の変形挙動を結晶レベルのミクロな視点から詳しく理解することができます。特に、ひずみゲージ法などの機械的計測法では困難な、環境中(負荷・温度など)のその場測定が可能なため、材料開発をはじめとした様々な材料工学研究に用いられています。図5- 10は、研究炉JRR-3の中性子応力測定装置RESA-1に整備されている中性子回折用低温引張試験機を示します。この低温引張試験機は、世界最高の冷却性能を有しており、約5 Kから室温までの低温域において、最大10 kNの引張負荷を試料に与えながら、中性子回折法により試料の変形状態を測定することができます。
図5- 11は、開発した低温引張試験機を複合超伝導線材YBCO(YBa2Cu3O6+δ)テープのひずみ測定に応用した結果です。超伝導線材の機械的特性と臨界電流特性には、材料内部の局所的なひずみが大きく影響するため、本材料の作動温度である極低温下でのひずみ測定が重要となります。ここでは、YBCO超伝導相の200及び020回折面の格子面ひずみ変化を77 Kという低温負荷環境で測定しており、負荷ひずみが0.19〜0.21%付近で、それらの格子ひずみがほぼゼロになることが分かりました。この負荷ひずみはゼロ応力ひずみA ffと称します。超伝導相を線材製造段階で圧縮にひずませることで、この値まで外部ひずみに対して余裕ができていることのほか、YBCOテープの最大臨界電流が0.035%の負荷ひずみで現れることから、臨界電流最大がA ffに一致するという従来の考え方は成立しないことが明らかとなりました。
このように、工学的応用を目指した超伝導線材などの開発研究に対し、中性子回折法を利用した応力・ひずみの測定は有効な手段といえます。また、本測定技術は、構造材料における低温材料特性の評価など、材料工学研究における幅広い分野への応用も期待されます。
本研究は、文部科学省科学研究費補助金(No.19360289)「高性能高温超伝導複合体開発のための機械-電磁気特性の基礎的研究」及び(No.21360312)「強磁場中での超伝導臨界電流の歪効果の解明=応力・歪問題の新しい展開をめざして=」の成果の一部です。