図5-14 スピン、軌道選択ヒステリシス曲線
次世代デバイスとして期待されるスピンエレクトロニクスデバイスは、磁場によるスピン制御を利用していますが、その材料開発はマクロな磁化測定に基づいて行われています。磁性の起源は、電子自身が持つスピン成分と電子の運動による軌道成分から成りますが、従来のマクロスコピックな磁化測定では、スピン成分と軌道成分を合計した全体の磁化(図5- 14(a))を観測するにとどまり、ミクロスコピックに磁化過程を観測することは不可能でした。磁性材料の高性能化のためには、スピン成分と軌道成分を分離し、それぞれの特性を調べるミクロな磁化測定が求められてきました。
磁気コンプトン散乱は磁性体による円偏光X線の散乱として知られ、磁性体のスピン磁気モーメントを算出することができます。これまでに、私たちはこれを利用してスピン成分のみを選択したスピン選択磁気曲線の測定が可能であること実証しています。
磁気材料であるTb-Coアモルファス合金薄膜は、図5- 14(b)に模式的に示すように、Co原子()の磁気モーメントに対して、Tb原子()の磁気モーメントが反対向きに広がる磁気構造を有しています。この物質は、高密度磁気記録材料の母物質として研究されてきました。磁性材料開発においては、ミクロな磁化反転過程の解明は高性能化の鍵となります。
本研究では、Tb43Co57アモルファス合金薄膜について、大型放射光施設SPring-8のBL08Wで磁気コンプトン散乱を測定し、スピン選択磁気磁化曲線を算出しました。この結果を、マクロスコピックな全磁化測定(図5- 14(c)線)と組み合わせて解析し、スピン成分の磁化曲線(図5- 14(c))と軌道成分の磁化曲線(図5- 14(c))と組み合わせて解析し、スピン成分の磁化曲線を分離することに成功しました。さらに、スピン成分が軌道成分に比べて磁場に対して安定であることを見いだしました。
本研究は、高密度磁気記録材料やスピンエレクトロニクスデバイス材料の高性能化のためには、スピン成分・軌道成分個別の磁化過程の特性に基づいて、材料設計することが重要であることを示しています。次世代デバイスとして期待されるスピンエレクトロニクスデバイスの材料開発において、スピン成分・軌道成分個別の磁化過程の特性を利用することで、デバイスの高速・省電力化を進めることができると期待されます。