図13-4 TRIP 効果の模式図
図13-5 TRIP鋼の負荷応力-負荷ひずみ曲線及び残留オーステナイトの相対体積率の変化
図13-6 変形中のTRIP鋼の構成相間の応力分配
鉄鋼材料の強化機構の中で、高強度,高延性,優れた高速変形挙動が期待されるものに変態誘起塑性(Transformation Induced Plasticity: TRIP)効果があります。TRIP効果は準安定な組織を有する鉄鋼材料において塑性変形に伴い強度がより高い組織に相変態することによって起こります。0.2%C-TRIP鋼及び0.4%C-TRIP鋼は衝突の際の衝撃吸収に優れた材料として自動車の車体への応用が期待されています。図13-4に示すように、これらのTRIP鋼は、母相であるフェライト (F) 相と十数%の高炭素濃度含有の準安定な残留オーステナイト (A) 相から成る2相材料であり、変形させると塑性変形とともにA相が強度の高いマルテンサイト (M) 組織に変態する (加工誘起相変態) ことにより高強度,高延性が得られると言われています。ところが、TRIP効果にもたらす変形中の加工誘起相変態挙動、すなわち、M相の強度への寄与 (相応力の負担) に関する定量的な研究がほとんどないため、私たちは中性子回折法を使って変形中のその場測定を行い、定量的な解明を試みました。
引張試験中のその場実験は、J-PARC物質・生命科学実験施設、工学材料回折装置 「匠」 で実施しました。中性子強度が高く瞬時に回折データが取れる 「匠」 は、通常の引張試験のように、引張試験中のその場実験を段階的に止めることなく連続的に行うことができる特長を有しています。図13-5に両TRIP鋼の引張試験で得られた負荷応力-負荷ひずみ曲線と中性子回折法で得られたA相の相対体積率 (変形前は1としました) を示します。ここで注目すべき結果は、それぞれのTRIP鋼での塑性変形を開始する応力でA相の体積率が減少し始め、その後の変形で減少し続けて、加工誘起相変態が起こったことを示唆することです。図13-6に、変形中の両TRIP鋼のそれぞれの構成相が担った相応力を示します。「匠」 はJRR-3の装置に比べて約3倍も分解能が高いので、今まで分離が難しかったF相とM相の回折情報を識別でき、これによって全構成相の相応力の観察に初めて成功しました。すなわち、加工誘起相変態で形成されたM相は最も高い相応力を負担していることが分かりました。さらに、これらの相応力の結果から再現したバルク応力も負荷した応力と一致しており、TRIP鋼のような先端材料の機構解明に有用であるとともに、その知見に基づき新たな材料開発に資することができると考えています。