図13-7 大面積一次元楕円スーパーミラーによる中性子集光像(a)未集光の場合(b)集光させた場合
磁性体やタンパク質などの構造研究に用いる低速中性子は顕著な波の性質を持つため、中性子ミラーを使って集光すれば、その強度を増加させて実験時間を短縮したり、新しい測定法によって科学現象を探ることが可能となります。このため、J-PARCや諸外国の中性子実験施設では、新しい機能を持った高性能中性子集光ミラーの開発を精力的に進めています。
私たちはこれまでに世界最高性能の中性子多層膜スーパーミラーを開発した実績がありますが、このたび、超高精度の非球面表面創成技術を有する大阪大学と協力し、一次元楕円形状を持つ高性能中性子集光用スーパーミラーの開発に成功しました。
この開発では、私たちが開発したNiC/Ti多層膜スーパーミラー (膜層数1200層) を採用しています。当該ミラーは、非等厚の多層膜によるブラッグ反射で通常のニッケルミラー (熱中性子を入射角0.2度で反射できる) より反射性能が4倍高く、また、薄膜の結晶粒を小さくすることで原子オーダーの多層膜界面粗さを実現し、良質の集光スポットを形成できます。
楕円筒形状基板の精密加工には、大阪大学が開発したローカルウェットエッチング法を用いました。これは、フッ化水素酸を石英基板に噴射し、その滞在時間を制御することで加工量をサブミクロンで制御するもので、加工ダメージの少ない新しい手法です。本加工では、長さ400 mmの石英ガラス基板に形状誤差0.43 μm,表面粗さ0.2 nm rmsの超高精度表面形状の構築に成功しました。
私たちはこの集光ミラーを用いて、J-PARCの中性子源特性試験装置 (NOBORU) で、波長0.2〜1.0 nmの中性子を用いた中性子集光実験を行いました。スリットで横幅0.1 mmに絞られたあと発散していくビームを集光ミラーで反射させた結果、スリットから2 m先の焦点で横幅0.128 mm (半値幅) に集光させ、集光しない場合に比べて52倍の強度を達成できました(図13-7)。また、集光位置周辺のバックグランド・レベルは、集光ピーク強度の3桁以下に低減されました。
この集光ミラーを応用すれば、微小な試料体積からのシグナルを増加させ、物質のナノ構造などを高効率で観測できるようになります。例えば、表面科学の分野では、自己組織化した高分子膜や次世代磁気記録薄膜などの面内構造の解析に役立つことが期待されます。