13-5 軸対称な電場で陽子ビームを広げずに加速する

−J-PARC 環状結合構造 (ACS) 型加速空洞の開発−

図13-8 サイドカップル型加速空洞とACS型加速空洞

図13-8 サイドカップル型加速空洞とACS型加速空洞

サイドカップル型に比べ、ACS型では、結合セルがリング状に加速セルの周囲に配置されるため、ビーム軸周りの軸対称性に優れています。

 

図13-9 模式図による加速電場の比較(a) サイドカップル型(b) ACS型

図13-9 模式図による加速電場の比較(a) サイドカップル型(b) ACS型

サイドカップル型では結合セルの配置によりビーム軸に垂直な方向の成分 (約1%)が存在するのに対し、ACS型では軸対称な結合セルにより、ビーム軸に垂直な電場成分がほとんど存在しません。

 

図13-10 ACS加速空洞の試験結果

図13-10 ACS加速空洞の試験結果

今回のACSモジュールは5.3 MV/m(設計加速電場4.1 MV/mの1.3倍),パルス長さ 600 μs,繰り返し50 Hzでの運転性能を確認しました。これは、投入電力で600 kWに相当します。

J-PARCリニアックはイオン源で生成した陽子を181 MeVまで加速し、後段のRapid Cycling Synchrotron (RCS)へ25 Hzで入射する直線状の加速器です。J-PARCでは、リニアックから入射した陽子をRCSで更に3 GeVまで加速し、最終的に物質・生命科学実験施設へ1 MWという世界最高レベルの大出力ビームでの運転を目指しています。

J-PARCのような大強度陽子加速器では、ビーム損失により生じる機器の放射化が出力強度を制限する最大の要因であり、ビーム損失の低減は重要な問題です。RCSにおけるビーム損失の原因のひとつに、ビーム中の陽子が互いに電気的に反発し合うことで生じる空間電荷効果があります。この影響は、リニアックから入射する陽子のエネルギーを高めることにより低減することが可能です。そこでJ-PARCでは、リニアックからRCSへの入射エネルギーを現在の181 MeVから400 MeVへ増強することを計画しています。このビーム加速のために開発した加速空洞が環状結合構造(Annular-ring Coupled Structure:ACS)型加速空洞です(図13-8)。

リニアックの加速空洞は陽子のエネルギーに応じて様々な形を使い分けますが、同じエネルギー領域で従来から用いられてきたサイドカップル型加速空洞と比べて、ACS型加速空洞は同等の加速効率と電場の安定性を実現し、かつ、加速電場の軸対称性が良く、加速される陽子をビーム軸に垂直な方向へ蹴り出してしまうような加速電場の成分を非常に小さくすることが可能です (図13-9)。これにより陽子ビームの広がりを抑えることができ、リニアックでのビーム損失を低減しつつ入射エネルギーを増強することが可能となります。

J-PARC用に新たに設計,製作したACS型加速空洞の初号機について大電力試験を行い、設計を満足する加速電場が得られることを確認しました(図13-10)。

本研究の成果は、リニアックのエネルギー増強及びその後の1 MW出力実現に向けた大きな一歩と位置づけられます。現在、25台のACS型加速空洞の製作を完了し、これらの空洞の設置準備を進めているところです。今後、2013年度には設置を完了し、世界で初めてとなるACS型加速空洞によるビーム加速を開始する予定です。