3-7 放射性核種の移行に対する天然有機物の影響を探る

−深部地下水中の溶存腐植物質の錯形成能評価−

図3-21 腐植物質の分離・濃縮に用いた連続抽出システム

図3-21 腐植物質の分離・濃縮に用いた連続抽出システム

試料水のpH制御と疎水性樹脂(DAX-8)への収着によって地下水に溶存する腐植物質を抽出します。

 

図3-22 地下水中の腐植物質に対するEu3+の錯生成定数 (K) と表層環境に存在する腐植物質の値との比較

図3-22 地下水中の腐植物質に対するEu3+の錯生成定数 (K ) と表層環境に存在する腐植物質の値との比較

Eu3+全濃度 (CEu) と腐植物質のカルボキシル基総濃度 (CL) との比CEu/CL = 0.7〜76,pH5.0,NaNO3濃度0.1 mol L-1の溶液条件における錯生成定数を示しています。

 

図3-23 低分子有機酸の分子構造とEu3+に対する安定度定数(β)との関係

図3-23 低分子有機酸の分子構造とEu3+に対する安定度定数(β)との関係

Eu3+との錯形成は、カルボキシル基の数が多く、それらが近接するほど有利です。

天然水中には、様々な有機物が溶存しています。なかでも、不均一な高分子弱酸である腐植物質は、金属イオンと安定な水溶性の錯体を形成し、環境中での金属イオンの移行促進に重要な役割を果たしています。高レベル放射性廃棄物を処分する深度 (地下300 m 以深) の地下環境においても、腐植物質の存在が確認されており、放射性核種の移行が促進される可能性が指摘されています。このため、処分システムの安全性に対する不確実性を低減化する観点から、核種移行に対する腐植物質の影響を定量的に評価する必要があります。

この影響評価を達成するためには、深部地下水中の腐植物質がどのような錯形成能を有しているのかを明らかにする必要があります。これまでの国外の研究事例から、深部地下水中の腐植物質は、地表環境に存在するものと同程度の錯形成能を持つと考えられています。しかし、腐植物質は存在する環境条件によって大きく構造特性が異なるため、その知見が必ずしも日本国内の深部地下水中の腐植物質にも適用できるとは限りません。

そこで、北海道幌延町の地下研究施設から採取した地下水(深度約500 m)に溶存する腐植物質 (フルボ酸とフミン酸) を分離・精製し(図3-21)、分光学的手法を用いてEu3+に対する錯生成定数(K)を実際に評価しました。その結果、幌延の地下水中の腐植物質のK値は、検討したすべての腐植物質の中で最も小さく、表層土壌のフミン酸のK値と比べると最大で2桁程度小さいことが分かりました(図3-22)。低分子有機酸の分子構造とEu3+に対する安定度定数(β)との関係の議論から、この低い錯形成能は、地下水中の腐植物質のカルボキシル基の多くが近接することなく広い間隔で分布するためであると考えられました(図3-23)。

以上の結果は、深部地下水中には地表のものと異なる錯形成能を有する腐植物質が存在すること、つまり深部地下水中の腐植物質の錯形成能が多様であることを明らかにしています。同時に、これらのことは、地表の腐植物質を対象に開発された既存の錯形成評価手法(錯形成モデル/データベース) を深部地下水中の腐植物質の錯形成評価に活用できない場合があることを指摘しています。今後は、深部地下水中の腐植物質の錯形成能の多様性を考慮した評価手法の開発を進めていく予定です。

本研究は、経済産業省からの受託研究「処分システム化学影響評価高度化開発」の成果の一部です。