5-1 ナノコンポジットの熱的安定性の増大

−ナノ微粒子がブロック共重合体の相転移にもたらす効果−

図5-3 秩序-無秩序転移に関するナノ微粒子の添加効果

図5-3 秩序-無秩序転移に関するナノ微粒子の添加効果

添加物のないPS-b -PMMA (A) 及びナノコンポジット (B)からの散乱ピーク強度の逆数 (I m-1) を、試料温度の逆数 (T -1)の関数として示しました。TODTI m-1の不連続変化が現れます。白黒のパターンはPS-b -PMMAの秩序及び無秩序状態における電子顕微鏡像です。

 

図5-4 Pd微粒子の導入がTODTを上昇させる機構を示すモデル

図5-4 Pd微粒子の導入がTODTを上昇させる機構を示すモデル

(a) 1個のPd微粒子がm本のPS鎖を吸着・束縛した複合体 (“不純物”)(b) 純粋な共重合体 (“bcps”) 及びそれらがラメラの鋳型 (c) 中で取っている鎖の形態を粗視化したモデル((a’),(b’))。少数の (a’) がアンカー (碇)としての機能を果たし、多数の (b’) から成る鋳型全体を安定化します。

ブロック共重合体 (共重合体) がナノスケールの周期性を有する多様なパターンを形成することはよく知られています。それを鋳型としてナノ微粒子を導入し、力学特性に優れた光電磁デバイスを創製できるという利点から、共重合体とナノ微粒子から成る「ナノコンポジット」は、注目を集めています。この系では、添加するナノ微粒子によって、共重合体の秩序相から無秩序相への相転移温度(TODT)が鋭敏に変動するため、ナノ構造の熱安定性の制御・変調を可能にしますので、ナノコンポジットに将来的な技術革新をもたらすことが期待できます。ここでは、ポリスチレン-ポリメチルメタクリレート共重合体(PS-b -PMMA)にパラジウム (Pd) ナノ微粒子を導入して得られるナノコンポジットのTODTの結果を紹介します。

このナノコンポジットは、Pd微粒子の前駆体となる錯体をPS-b -PMMA中に導入し、403 Kで熱還元することによって作製されます。PS-b -PMMA単体とナノコンポジットの双方の相転移挙動を、小角X線散乱により調べました。図5-3から、わずか1重量%のPd微粒子の導入によってナノコンポジットのTODTは8 K上昇し、ゆえに、Pd微粒子は鋳型の熱的安定性を実効的に増大させる効果があるという物理学的に重要な結論を得ることができました。ナノコンポジットの実用化には、TODTのPd微粒子濃度依存性を明らかにすることが今後の重要研究課題です。この効果は、Pd微粒子の導入量が、PSドメイン中 (全導入量中約70%を含む)とPMMAドメイン中 (同約30%を含む) で異なる、という実験事実に基づき説明が可能です。このPd微粒子の特徴的な分布は、Pd-PS間の親和性がPd-PMMA間の親和性に優ることを示唆します。ゆえにPS鎖がPd微粒子表面に吸着・束縛されて形成される複合体(図5-4(a)) がPS-b -PMMA (図5-4(b)) に混じって、ラメラ (図5-4(c)) を形成します。この複合体は、鋳型中で大多数を占めるPS-b -PMMAのブラウン運動をラメラ構造の界面と平行/垂直の両方向に長距離にわたって抑制する「アンカー (碇)」として機能する結果、ラメラ構造の熱的安定性が増大します。

最後に再度強調したい点は、鋳型は界面と垂直方向に強い相関を有するので、添加されるナノ微粒子はたとえ微量でも極めて長距離にわたり大きな影響を鋳型に与える点です。熱的安定性の変調がその一例です。この原理は、ナノコンポジットの発展に新たな可能性を付与します。