5-2 タンパク質・DNAの分子認識機構の解明を目指して

−タンパク質・DNA複合体形成時の構造変化を解析する方法を開発−

図5-5 ウシのパピロマウイルスのE2タンパク質で観察されたタンパク質の構造変化

図5-5 ウシのパピロマウイルスのE2タンパク質で観察されたタンパク質の構造変化

オレンジ色のループは、DNAに結合していない時にはX線解析で構造が見えない領域でしたが、DNAと結合することで、ターン構造が形成されます。なお、パピロマウイルスは子宮頸がんの原因ウイルスとして知られています。

 

図5-6 DNAとの結合によって構造が変化する領域で見られるアミノ酸組成の傾向

拡大図(228KB)

図5-6 DNAとの結合によって構造が変化する領域で見られるアミノ酸組成の傾向

相対出現頻度スコアは構造変化領域での頻度を表す指標で、大きいほど構造変化領域でよく見られるアミノ酸です。このグラフは、DNAと接している面で構造変化している領域では、分子表面で構造変化している領域と同様に、疎水的なアミノ酸が少なく、グリシンやプロリン、親水的なアミノ酸の一部が多い傾向があることを示しています。エラーバーは統計誤差を表します。

私たちの体内では、外界の状況に応じてタンパク質の合成が常に行われています。これは、細胞核内のDNAの特定の領域に、転写因子と呼ばれるDNA結合タンパク質が結合することによって始まります。このようなDNA結合タンパク質の中には、ステロイド受容体など多くの核内受容体が含まれています。これら受容体とDNAとの相互作用を薬剤によって促進・抑制することができれば、病気の治療薬として役立つと考えられています。そのため、DNA結合タンパク質がどのように特定のDNAを認識するかその分子機構を明らかにすることが非常に大切です。

これまでに、個別のDNA結合タンパク質に関しては、X線結晶構造解析によって、DNAの認識機構が原子レベルで明らかにされてきました。しかしながら、その一般的な法則は、まだ十分に明らかになっているとはいえません。

私たちは、多くのX線解析データを注意深く観察し、DNA結合タンパク質がDNAと結合する際には、タンパク質に構造変化が生じていることを観察しました(図5-5)。そこで、タンパク質がDNA結合によってどのような構造変化を生じるのかを調べるために、タンパク質の三次元構造の変化を統計的に解析する手法の開発を行いました。この方法では、タンパク質の三次元構造情報を一次元の文字列で表現することで、高速に構造変化を検出することができます。

この方法を用いて、まず、DNAが結合するタンパク質領域にはもともと構造変化しやすい領域が多く存在しており、DNAとの相互作用によって、様々な構造を生じていることを明らかにしました。次に、このような領域は、疎水的なアミノ酸が少なく、親水的なアミノ酸の一部や、グリシンやプロリンが多いなど、アミノ酸組成が特徴的であることを明らかにしました(図5-6)。DNAと接している領域が構造変化に適したアミノ酸組成を持っていることは、DNA結合タンパク質は、DNAの構造に合わせるために、構造変化しやすい性質を進化の過程で獲得してきたことを示しています。

タンパク質とDNAの分子認識は、生物の基本的な仕組みのひとつです。私たちは、構造変化に注目することによって、その仕組みの一部を明らかにすることに成功しました。この結果は、タンパク質のどの面がDNAと相互作用するのかを予測し、薬剤の結合すべき領域を推定する手法の開発に役立つと考えられます。