5-3 より正確ながんの診断を目指して

−がんのPET診断用新規アミノ酸トレーサーD-[18F]FAMTの開発−

図5-7 L-[18F]FAMT及びD-[18F]FAMTの構造式

図5-7 L-[18F]FAMT及びD-[18F]FAMTの構造式

L-[18F]FAMT(左)とD-[18F]FAMT(右)は互いに鏡像異性体であり、右手と左手の関係のように互いに鏡に映った形の関係にあります。

 

図5-8 L-[18F]FAMT及びD-[18F]FAMTによるPETイメージングの比較

図5-8 L-[18F]FAMT及びD-[18F]FAMTによるPETイメージングの比較

L-[18F]FAMT(左)では、高い腎集積が認められる一方で、がんにおけるコントラストが低く、一部描出されない部分もあります。それに対して、D-[18F]FAMT(右)では、腎集積が顕著に抑制され、がん全体が明瞭に描出されています(同一マウスをイメージングに使用)。

陽電子放射断層撮影(PET)による画像診断は、がんの早期発見はもちろん、がんの状態や特徴を探るために重要です。この診断では、陽電子放出核種で標識された薬剤を投与後、がんに集まった薬剤から放出されるγ線を体外で検出し、得られた定量的なデータから画像を構築することでがんの診断を行います。アミノ酸を母体とする薬剤である3-[18F]フルオロアルファメチルLチロシン (L-[18F]FAMT) は、がんに選択的に集まることから、がんの確定診断薬として多数利用されています。しかし、L-[18F]FAMTは正常な腎臓,膵臓にも捕捉されるため、血液からの消失に時間がかかります。このため、L-[18F]FAMTによって得られたPET画像では、がんと正常組織の境界が分かりづらく、正確ながんの識別が難しいという課題があります。そこで、私たちはL-[18F]FAMTの腎臓,膵臓への集積・滞留を改善し、がんをより明瞭に描出可能なPET診断薬の開発を目指しました。

腎臓,膵臓への集積・滞留を改善するためには、これらの細胞に認識されないことが重要です。一般的には、化学構造の一部を変化させますが、私たちは、L体アミノ酸の鏡像異性体であるD体アミノ酸が正常組織へあまり集まらないことや腎臓から尿中に排泄されやすいという特徴を上手く活かすことができれば、L-[18F]FAMTの長所を残したまま、腎臓,膵臓への集積・滞留を抑制できると考え、新たに3-[18F]フルオロアルファメチルDチロシン(D-[18F]FAMT)を開発しました(図5-7)。

がんを移植したマウスを解剖し、血液及び各臓器におけるD-[18F]FAMT量を測定した結果、L-[18F]FAMTに比べ、D-[18F]FAMTの血液からの消失はとても早く、腎臓,膵臓における集積・滞留は顕著に低下しました。がんにおけるD-[18F]FAMTの集積はL-[18F]FAMTに比べて低下しましたが、がんと血液における放射能量の比を取るとL-[18F]FAMTよりも高く、D-[18F]FAMTによってがんをより明瞭に描出できると推測されました。同様の処置をしたマウスをPETイメージングした結果、腎集積を顕著に抑制し、がんを選択的かつ明瞭に描出できることが分かりました(図5-8)。

D-[18F]FAMTによるPET診断が普及すれば、これまで見えなかったがんも見えるようになり、より正確な診断に基づく治療が可能となります。また、D-[18F]FAMTはL-[18F]FAMTでは検出困難な腎がん及び膵がんに対する有効な診断薬となることが期待されます。今後は、D-[18F]FAMTの実用化に向け、安全性に関する検討を進める予定です。