5-10 新型高温超伝導体の電子励起の解明

−鉄系高温超伝導体における共鳴非弾性X線散乱スペクトルの観測−

図5-21 共鳴非弾性X線散乱の概略図

図5-21 共鳴非弾性X線散乱の概略図

放射光施設から取り出したX線を試料に共鳴的に吸収させ、X線散乱強度を運動量変化とエネルギー変化について系統的に調べることで、電子励起のスペクトルが得られます。

 

図5-22 RIXSスペクトルの理論計算結果と実験結果

図5-22 RIXSスペクトルの理論計算結果と実験結果

(a) 理論計算は、磁性状態(太線)と非磁性状態(細線)に対して行い、磁性状態に対する理論計算結果が(b)実験結果と整合することを明らかにしました。破線はq=(π,π) のスペクトルです。

様々な超伝導体における超伝導機構を解明する上で重要な磁性や電子励起について、放射光や中性子線などの量子ビームを用いた研究はこれまで鍵となる数々のデータを提供してきました。2008年に我が国で鉄系高温超伝導体が発見されましたが、この新型高温超伝導体に対しても、その物性及び超伝導機構を解明することを目的として、量子ビームを用いた研究が盛んに実施されています。

遷移金属のK吸収端に対応するエネルギーのX線を遷移金属化合物に吸収させると、遷移金属原子の内殻1s電子を4p軌道に共鳴的に遷移させることができます。その後4p軌道に遷移していた電子は1s軌道に戻る際にX線を放出しますが、この一連のX線吸収放出過程を共鳴X線散乱と呼びます。この時、放出されるX線のエネルギーは、一般に入射したX線に比べてエネルギーを損失し (非弾性)、運動量も変化しています。X線の散乱強度がエネルギー損失と運動量変化 (以下、qとします) に対してどのように依存するかを系統的に調べることで、磁性や超伝導に関与する電子がどのようなエネルギーと運動量を持つ電子励起を起こしやすいのか知ることができます(図5-21)。

今回、鉄系高温超伝導体の典型物質のひとつであるPrFeAsO1−yに対して、鉄のK吸収端での共鳴非弾性X線散乱(RIXS)スペクトルの観測に成功しました。鉄系高温超伝導物質に対してRIXSスペクトルを観測し、それを理論的に解析した報告は世界で初めてです。

図5-22にRIXSスペクトルの理論計算結果と実験結果 (弾性散乱成分を除いています) を示します。結果は、磁性的な状態を想定して計算した結果が実験で得られたスペクトルのピーク位置やそのq依存性をよく再現することを示しています。こうして、磁気的な相関の存在を示すことに成功しました。磁気的な相関の存在は中性子散乱実験などほかの研究結果ともよく整合しています。また、ピーク位置の解析を通して、電子間にはたらくクーロン斥力の強さを見積もることができ、どの程度相関の強い電子状態にあるのかを明らかにすることにも成功しました。これらはいずれも、高温超伝導機構を微視的に解明する上で重要な情報となります。