7-5 電子のスピンをその反粒子で見る

−世界最高のスピン偏極率をもった陽電子ビームの開発−

図7-11 スピン偏極陽電子ビームを用いて鉄試料のスピン情報を得る

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図7-11 スピン偏極陽電子ビームを用いて鉄試料のスピン情報を得る

47%という高いスピン偏極率を持った陽電子ビームを鉄試料に照射します。鉄の中にある電子のスピンは、磁場によって向きが変わります。陽電子と電子はスピンの向きが反対のときに結合しやすいことから、①と②のγ線強度の差を測定することで、鉄の中にある磁性に関係する電子のスピンの状態が分かります。

スピントロニクスは、電子の持っている磁気的特性である上向きと下向きのスピンをデジタル回路の「0」「1」のように利用する新しい技術です。この技術を活用すれば、従来の半導体技術では実現不可能な消費電力の極めて小さいデバイスなどの開発が期待できます。最先端のスピントロニクス磁性材料開発では、材料中の電子スピンの状態を理解することが重要になります。私たちは、陽電子消滅法であれば、従来の手法よりも容易に材料表面や界面といった特定の場所にある電子スピンの情報を得ることができると考えました。

電子の反粒子である陽電子は、物質中の電子と結合するとγ線を放出して消滅します。このγ線から電子の運動状態を調べる方法が従来の陽電子消滅法でした。私たちは、陽電子も電子と同様にスピンを持つことを利用し、スピンの向きを一方向に揃えた陽電子ビーム(スピン偏極陽電子ビーム)を作り出すことで、更に電子のスピンの向きも調べようと試みました。

陽電子ビームは、放射性同位元素から飛び出してくる陽電子を集めて形成しますが、スピン偏極率を向上させるためスピンの向きを選別するとビーム強度が減ってしまいます。高いスピン偏極率と十分な強度を両立させるため、もともとスピン偏極率の高い陽電子を放出する68Geという放射性同位元素に注目しました。サイクロトロン加速器を使って、水素イオンビームを窒化ガリウムに照射することで68Geを生成し、47%という高いスピン偏極率をもった陽電子ビームの発生に成功しました(図7-11)。これは22Na線源を使った従来の陽電子ビームの2倍近い偏極率です。このスピン偏極陽電子ビームを純鉄に照射したところ、陽電子と電子が結合しやすい場合に、γ線強度が増大することが分かりました。この結果は、物質中の電子のうち、磁性を担う電子のスピンの情報だけを抜き出すことができることを示しています。

今後、スピン偏極陽電子ビームを用いた陽電子消滅法が、スピントロニクス開発に必要な新たな評価手法となることが期待されます。

本研究は、独立行政法人日本学術振興会科学研究費補助金(No.24310072)「スピン偏極陽電子消滅の基礎構築と新奇スピン現象の解明」の成果の一部です。