1-10 海水注入後の燃料被覆管の健全性を評価する

−電気化学測定で孔食発生条件を探る−

図1-23 室温の人工海水中で測定したジルカロイ2の分極曲線

図1-23 室温の人工海水中で測定したジルカロイ2の分極曲線

ジルカロイ2に孔食が発生する条件を電気化学測定により調べました。電流が急上昇する電位を、孔食発生電位と呼びますが、孔食発生電位はγ線照射の有無にかかわらず、ほぼ一定でした。

 

図1-24 ジルカロイ2の孔食発生電位と希釈人工海水中の塩化物イオン濃度の関係

図1-24 ジルカロイ2の孔食発生電位と希釈人工海水中の塩化物イオン濃度の関係

ジルカロイ2の孔食発生電位を、人工海水を希釈して調べました。希釈人工海水では、自然浸漬電位が孔食発生電位より低く、孔食発生の可能性は低いことが分かりました。

 


東京電力福島第一原子力発電所(1F)では、電源喪失により使用済燃料プール(燃料プール)の冷却が不十分となり、燃料露出を回避する緊急措置として、2〜4号機の燃料プールに海水が注入されました。通常、燃料プールでは精製水が循環しており、燃料プール内の金属材料が腐食する心配はありませんが、海水混入水では腐食が懸念されます。燃料被覆管材料のジルカロイ2に孔状の腐食(孔食)が進行した場合、燃料被覆管から放射性物質が漏れ出る可能性があります。

そのため1Fでは、腐食防止策として、孔食要因となる燃料プール水中の海水成分(特に塩化物イオン)の除去を行い、塩化物イオン濃度数十ppm以下の浄化水で燃料が冷却されています。

ジルカロイ2製燃料被覆管はきれいな水環境での使用を前提としているため、高塩分濃度でかつ強放射線の水環境の腐食特性データが不足しており、事故直後の被覆管の健全性を評価すること、すなわち高塩化物イオン濃度時に孔食が発生した可能性について確認することが必要です。

そこで、人工海水を純水で希釈して、ジルカロイ2の放射線下での腐食特性を調べました。使用済燃料から放出されるγ線を模擬するため、コバルト60線源を利用しました。腐食特性データとして、ジルカロイ2の孔食発生電位を測定しました。この測定には電気化学測定を適用しました。これは、強制的に金属材料に孔食を発生させる方法であり、電位を加えた際の電流の変化を測定します。図1-23のように、電位を大きくした際に電流が急上昇したときの電位が、孔食が発生する電位(孔食発生電位)です。放射線の強さを0, 500, 5000 Gy/hと変化させましたが、孔食発生電位はほぼ同じで、放射線の影響により孔食が発生しやすくなることはないことが分かりました。図1-24は、孔食発生電位と塩化物イオン濃度の関係図です。孔食が発生するためには、材料を水溶液につけたときに自然に発生する電位(自然浸漬電位)が孔食発生電位より高くなることが必要ですが、図1-24は、塩化物イオン濃度が非常に高い場合でも、ジルカロイ2には孔食が起こりづらいことを示しています。すなわち、調べた範囲において、海水を注入した燃料プールにおいてジルカロイ2製燃料被覆管で孔食が発生した可能性は低いことが分かりました。

現在の燃料プール水は、塩化物イオン濃度が10 ppm以下に浄化されていることから、燃料被覆管に孔食発生の懸念はなく、被覆管から放射性物質が漏れ出る可能性はないものと考えられます。