1-14 海水注入が炉心の冷却へ与えた影響を調べる

−原子炉炉心模擬試験体による海水熱流動挙動評価−

図1-32 飽和沸騰時の伝熱特性

図1-32 飽和沸騰時の伝熱特性

純水を用いた既存研究と同様に、NaCl溶液や低濃度の人工海水の、加熱面温度と飽和温度の差と熱流束の関係は、通常両対数グラフ上に直線で示されますが、高濃度の20wt%の海水はこの傾向から外れ、加熱面温度がより高くなることが分かりました。

 

図1-33 試験後の加熱面の様子
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図1-33 試験後の加熱面の様子

(a)は20wt%のNaCl溶液,(b)は20wt%の人工海水を用いたときの試験終了後の加熱面の写真です。高濃度の人工海水を使用したとき、加熱面を覆うように白い物質が析出しました。

 

図1-34 析出物の電子顕微鏡画像

図1-34 析出物の電子顕微鏡画像

棒状に見えるのが結晶です。特性X線スペクトルによる組成分析の結果、炭酸カルシウムであることが分かりました。

 


東京電力福島第一原子力発電所事故では、電源喪失等によって炉心冷却機能を失ったため、真水の代わりに比較的確保が容易であった海水が注入されました。しかし、炉心への海水の注入は世界的にも例がなく、海水が炉心の冷却へ与える影響は十分に把握されていません。海水は、その物性値が真水と異なるとともに、ミネラル等が多く含まれているため、結晶の析出による伝熱面表面状態の変化や流路閉塞の発生など、冷却能力への悪影響が考えられます。

そこで私たちは、海水注入による冷却能力への影響の把握を目的として、原子炉炉心を模擬した試験体を用いた実験を行いました。使用した流体は、天然海水中に含まれるミネラルを模擬した人工海水と、比較対象として純水とNaCl溶液を使用しました。日本近海と同様の3.5wt%(流体中に含まれる海水成分の重さの割合(%))から、炉内における濃縮も考慮した20wt%までの濃度で試験を実施しました。

図1-32は飽和沸騰(流体の平均温度が飽和温度での沸騰)時の加熱面温度と飽和温度の差を、熱流束(単位面積あたりの加熱量)に対して、両対数グラフとして示した結果の一例です。純水,人工海水(3.5wt%),NaCl溶液(3.5wt%),NaCl溶液(20wt%)は、グラフ上に直線で示されており、熱流束のべき乗に、加熱面温度と流体の飽和温度の差が比例していることが分かります。しかし、20wt%の人工海水の結果は、この傾向から外れ、高い熱流束では加熱面温度が上昇しており、加熱面の冷却能力が低下しました。この原因として、加熱面での結晶の析出が考えられます。図1-33は20wt%のNaCl溶液と人工海水を用いたときの、実験終了後の加熱面の写真です。NaCl溶液を用いた場合は変化が見られませんが、人工海水では白色の析出物が加熱面を覆う様子が確認されました。このように析出物が確認されたのは20wt%の人工海水のみであり、ほかの流体では確認されませんでした。図1-34は析出物の電子顕微鏡画像です。3〜4 μm長の多数の棒状結晶が見えます。特性X線スペクトルを確認したところ、この結晶は炭酸カルシウムでした。これらの結果から、加熱面に炭酸カルシウムが析出した場合、冷却能力が低下することが確認されました。これらの結果は、今後、炉内状況を把握するための数値シミュレーションに取り入れられる予定です。

本研究は、原子力機構が国際廃炉研究開発機構の組合員として実施した経済産業省資源エネルギー庁からの受託事業「平成25年度発電用原子炉等廃炉・安全技術基盤整備事業」及び平成25年度補正予算「廃炉・汚染水対策事業費補助金」補助事業の成果の一部です。