図1-5 線量換算係数の計算に用いた体系の模式図
図1-6 137Csに対する線量換算係数
東京電力福島第一原子力発電所(1F)事故で土壌に沈着した放射性セシウム(134Cs及び137Cs)による被ばく線量の評価は、住民への放射線防護対策の立案で重要です。現在も放射線モニタリングが継続的に行われていますが、今後の中長期的な線量予測では、放射性Csの土壌中分布の経時変化などを考慮する必要があります。そこで私たちは、土壌中の放射性Csの放射能濃度から被ばく線量の指標となる実効線量率への換算係数を年齢ごとに整備し、1F事故後の任意の時期での被ばく線量を予測する手法を開発しました。
換算係数は、公衆を代表する6種類の年齢(新生児,1歳,5歳,10歳,15歳及び成人)に対して計算しました。この計算には、放射線輸送計算コードPHITSと各年齢の身体形状や内部構造を精密に再現した人体数値模型を用いました。図1-5に示す計算体系のサイズは、放射性Csからのγ線が大気中を相互作用なしに進む距離の平均値の約5倍で、遠方からの寄与も適切に解析できます。計算では、土壌中の特定の深さに平板一様分布している134Csまたは137Csからの放出γ線の環境中での挙動を追跡して、体系中央の地上に置いた人体数値模型の組織・臓器の吸収線量を求めました。
計算した吸収線量を基に国際放射線防護委員会(ICRP)の2007年勧告の定義に従い実効線量を算出し、土壌中の放射能濃度から実効線量率への換算係数を整備しました。放射能濃度の深度分布を考慮した換算係数は、各深さに対する換算係数を重みづけ積分することで導出できます。さらに、1F事故発生時の134Csと137Csの放射能比を初期条件とし、それぞれの減衰を考慮することで、任意の時期の線量評価を可能としました。
図1-6に、137Csの放射能濃度から各年齢の実効線量率への換算係数を示します。計算では幼児も含めて地上に直立していると仮定したため、低年齢ほど体全体が線源である土壌に近くなり、実効線量率が大きくなっています。また、土壌中の放射性Csの位置が深くなるにつれ、γ線はより遮へいされるため、実効線量率は小さくなります。
整備した換算係数により、放射性Csの深度分布や放射能比の経時変化を考慮して、実効線量率を迅速に評価することが可能になりました。本成果は、除染等を行った土地への帰還に向けた住民の線量推定や予測に役立つことが期待できます。