図1-7 調査地点と空間線量率分布
図1-8 サクラに着生する地衣類(ウメノキゴケ類)
図1-9 地衣類(ウメノキゴケ類)中の放射性セシウム(137Cs)濃度と土壌中の放射性セシウム(137Cs)沈着量との関係
地衣類は、菌類と藻類の共生体で、菌類の仲間です。樹皮や岩石など様々な基物上に生育し、陸上生態系に広く分布しています。寿命が数十年と長く、植物のような根系を持たないため、体表面から大気中の水分や浮遊物を直接取り込みます。このような特性から、ヨーロッパや北米を中心に、大気圏核実験やチェルノブイリ原子力発電所事故による放射性物質の汚染状況の把握や長期モニタリングに、地衣類が活用されるようになりました。
私たちは、東京電力福島第一原子力発電所(1F)事故により放射性セシウム(Cs)が沈着した地域で、日本に生育する地衣類中の放射性Cs濃度を指標として、環境中に放出された放射性Csの初期降下量を推定する手法の開発に取り組んでいます。その指標となる地衣類種の選定にあたっては、@広く生育すること,A地衣類中の放射性Cs濃度が放射性Cs降下量を反映すること,B長期間にわたって地衣類中の放射性Cs濃度の変化を調べることができることなどの条件を満たすことが必要と考えられます。私たちは、2012年12月より1F周辺(半径約60 km圏内)の16地点で調査を行ってきました(図1-7)。その際、日本国内の広い範囲でこの手法が適用できるよう、公共用地に広く分布するサクラに着生する地衣類のうち、ウメノキゴケ類を対象としました(図1-8)。地衣類中の放射性Cs濃度は、CsIシンチレーション検出器を用いて測定しました。また、1F事故から約3か月後に文部科学省により採取・測定された土壌中の137Cs沈着量から、試料採取地点の137Cs沈着量を推定し、地衣類中の137Cs濃度との関係を調べました。
その結果、調査地域から採取した9種のウメノキゴケ類の137Cs濃度と、土壌中の137Cs沈着量との間に良好な相関関係があることを見いだしました(図1-9)。これは、1F事故から約2年経過しても、地衣類に取り込まれた放射性Csが保持され続け、その濃度が1F事故当初の放射性Cs降下状況を反映しているためと考えられます。さらに、「キウメノキゴケ」,「マツゲゴケ」の2種が調査地点で優占的であったことから、これらの種を指標種として活用していくことが期待できます。今後は、地衣類中の放射性Cs濃度の時間変化を調べ、1F事故後初期の降下量の推定に役立てていきます。
本研究は、国立科学博物館との共同研究「地衣類を用いた環境中放射性セシウムの生物指標適用性に係る基礎研究」の成果です。