1-8 セシウムの風化黒雲母への選択的吸着

−ドミノ倒しのように連鎖的吸着が起こるメカニズム−

図1-19  放射性微粒子の電子顕微鏡像(上図)とそこから放出されるX線が示す微粒子の化学組成(下図)

図1-19 放射性微粒子の電子顕微鏡像(上図)とそこから放出されるX線が示す微粒子の化学組成(下図)

 

図1-20 福島県内で広く見られる粘土鉱物バーミキュライト

図1-20 福島県内で広く見られる粘土鉱物バーミキュライト

 

図1-21 ドミノ倒し的に吸着するCsイオン(Cs<sup>+</sup>)とバーミキュライトの構造変化
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図1-21 ドミノ倒し的に吸着するCsイオン(Cs+)とバーミキュライトの構造変化

層状構造を示すバーミキュライトのような粘土鉱物の膨潤層に存在するマグネシウムイオン(Mg2+)が、Cs+と置き換わる過程を示しています。一つのCs+の侵入は、さらなるCs+の侵入を助ける環境をつくるとともに、効果的に局所的な粘土の電荷を中和する働きをします。

 


東京電力福島第一原子力発電所事故に伴い放出された放射性セシウム(Cs)は、その周辺地域において深刻な環境汚染をもたらしています。私たちは、福島県内でも広く見られる放射性微粒子が風化黒雲母(図1-19)であり、またそのさらなる風化物であるバーミキュライト(図1-20)に放射性Csが吸着しやすいことを突き止めました。

私たちは、放射線記録媒体や電子顕微鏡を使って、実土壌中で放射性Csがどのような鉱物粒子に吸着しているかを明らかにしました。まず、福島県飯舘村で放射能に汚染されている土壌を採取し、その土壌粒子をイメージングプレートと呼ばれる放射線記録媒体の上に乗せて、各粒子から発せられる放射線を記録しました。これによって放射性微粒子を特定し、これを電子顕微鏡内に移動させてその形態や化学組成,微粒子内の構造を調べました。その結果、放射性Csは風化黒雲母やバーミキュライト(図1-20)に多く固定されており、さらに福島県の土壌では、室内実験で提案されたような雲母微粒子の表面や端面への凝集をそれほど起こしておらず、Csはこの鉱物中に均一に分布していることが明らかになりました。なお、この風化黒雲母は、福島県東部の地質である花崗岩体の長年の風化によって、そこでの土壌に大量に含まれており、森林や水田などの土壌中の放射性Csのかなりの量は、この鉱物に強く固定されている可能性が高いと考えられます。

また、私たちはX線を物質に照射した際に散乱されるX線を計測することで、物質の構造を調べるX線小角散乱法を用いて、バーミキュライトにCsが吸着するメカニズムをナノメートルレベルで観察しました。その結果、バーミキュライトのある場所に放射性Csが1個だけ吸着すると、その隣にもCsや化学的性質の類似したイオンが吸着しやすくなるため、その粘土層に多くのCsが取り込まれることを明らかにしました。さらに、粘土層に入ったCsは、粘土の酸素と直接結合し、層の反対面では負の電荷が弱まることから剥離が生じやすくなります。これにより二つの粘土層が剥がれ、それぞれの粘土層の表面にもCsが吸着しやすくなり、バーミキュライトに対してドミノ倒しのように、次々とCsが吸着していくことを見いだしました(図1-21)。これまで、Cs+の吸着による粘土鉱物の構造変化を定量的に明らかにした例はなく、今回の解明は福島県の環境回復に有用な知見を与えると期待されます。