図4-22 計算対象領域と85Kr大気中濃度測定点
図4-23 WSPEEDI-IIによる85Kr大気中濃度の再現結果
原子力施設での事故等により放射性物質が大気放出された際、大気拡散計算は放射性物質の拡散状況を把握し、公衆の防護対策及び緊急時モニタリングを検討する上で極めて重要です。計算対象範囲は、事故規模により幅広く変わるため、精度の良い計算を行うためには、対象範囲のスケールに応じて現象を的確に再現できる計算モデルパラメータの設定が重要になります。大気拡散モデルでは、気流場の乱れによる水平方向の拡散効果を拡散係数で表現します。水平距離で数千kmの長距離拡散計算では、Giffordが1982年に報告した拡散係数(GFD)が一般的に使用されますが、数百km程度の中距離スケールへのGFDの適用性は、利用可能なデータが限られるため、これまでほとんど検証されていませんでした。
本研究では、私たちが開発した世界版緊急時環境線量情報予測システムWSPEEDI-IIの中距離スケールにおける性能評価のため、青森県六ヶ所村の核燃料再処理施設(RRP)の試験運転で放出された放射性希ガスのクリプトン-85(85Kr)の大気拡散解析を、GFDを用いて実施しました。85Kr大気中濃度は、バックグラウンドレベル把握のため国内数地点で測定されており(図4-22)、RRPから200〜2000 km地点で施設起源の85Krが検出されています。既知の点源から放出された半減期10.76年で反応性が低い85Krの測定値は、拡散過程の検証に特に有用です。
WSPEEDI-IIは、1週間あたりで平均した地上大気中濃度を測定値の0.5〜2倍以内で再現しましたが、局地域〜全球スケール計算で使用される2〜54 kmの気象計算の水平格子の大きさ(解像度)に対する感度解析から、高解像度ほど計算値が低下する傾向が示されました。これは、高解像度計算では格子で解像される気流場で表される拡散効果の一部をGFDで重複して考慮することにより、分布の中心付近の濃度を過小評価していると考えられます。そこで、感度解析結果の考察から、GFDを基に格子解像度に応じて適切な拡散係数を求める方法を考案しました。この方法により中距離スケールの実測値の再現性が向上し、本手法の有用性と妥当性を実証できました(図4-23)。本手法で修正したGFDを用いることで、計算の格子解像度の選び方により濃度計算値が異なる問題が改善され、従来困難であった局地域から全球スケールまで一貫性のある計算が可能となります。