5-11 ヨシはなぜ塩水でも育つのか

−植物ポジトロンイメージング技術で根の中のナトリウム排除を可視化−

図5-28 水耕液に22Naを添加した後のNaの分布画像
拡大図(501KB)

図5-28 水耕液に22Naを添加した後のNaの分布画像

イネではNaが地上部に移行しているのに対し(左図)、ヨシではNaが茎の付け根に留まっていました(右図)。色の違いはNa濃度の差で、赤色が高く、青色が低いことを表します。

 

図5-29 水耕液から22Naを除去した後のNaの分布画像
拡大図(530KB)

図5-29 水耕液から22Naを除去した後のNaの分布画像

イネでは根の中のNaが上方に移行し続けているのに対し(左図)、ヨシでは根の中を下方に向かってNaが排出されていました(右図)。

 


多くの植物種にとって、ナトリウム(Na)は生存に必須な元素ではなく、むしろ有害な元素です。そのため、津波や台風によって海水を被った水田では、イネの生育が阻害されます。一方、ヨシは河口付近の淡水と海水が混じる場所(汽水域)でよく見かける植物で、同じイネ科でありながら、Naに弱いイネとは対照的に、高いNa濃度に耐えられる能力(耐塩性)を持っています。

これまでのヨシの耐塩性機構に関する研究において、導管(根から吸収した水と養分を地上部に送るための管)の中を流れる液体(導管液)をヨシの根と地上部から採取したところ、地上部の導管液に含まれるNa濃度が根の導管液に比べて極めて低いことが見いだされていました。この結果から、ヨシには根と地上部の間で導管からNaを引き抜く能力が存在することが推測されていましたが、直接的に証明する方法がありませんでした。そこで私たちは、放射性トレーサを用いて生きた植物体内の元素の動きを観測する「植物ポジトロンイメージング技術」を用いて、ヨシにおけるNaの動きを直接可視化することを試みました。

海水の約10分の1の濃度のNaを含む水耕液でイネとヨシを生育させ、さらに、Naの放射性トレーサである22Naをこの水耕液に添加した後、植物ポジトロンイメージング技術により、水耕液中の放射性Naが植物の地上部に移行していく様子を24時間にわたり撮影しました。その結果、イネではNaが留まることなく上方の葉に移行していくのに対し、ヨシではNaが茎の付け根に集まり、それより上の茎や葉にはほとんど移行しないという対照的な画像が得られました(図5-28)。その後、水耕液中から22Naだけを抜き、植物体内の放射性Naがほかの部位へと移行していく様子を18時間にわたり追跡しました。得られた画像データ(図5-29)上の詳細な部位ごとに放射性Na濃度の増減を解析したところ、イネでは根の中のNaが上方の葉に移行し続けていたのに対し、ヨシでは逆に根の中を下方(根の先端方向)に向かってNaが排除されていたことが分かりました。これらの結果から、「根から吸収したNaを茎の付け根から下方に送り返すことにより地上部のNa濃度を低く保つ」というヨシの耐塩性機構が明らかになりました。

本研究で解明されたヨシに特有のNa排出メカニズムに関して、現在、導管からNaを引き抜く遺伝子や根からNaを排出する遺伝子の探索をしています。将来的には、それをイネに導入することにより、Naを地上部に移行させない、耐塩性の高いイネの品種を作出することが可能になると期待されます。

本研究は、東京農業大学先端研究タイプA,日本学術振興会科学研究費補助金(No.18658028)「金属を捕集するヨシ茎基部グルカン顆粒の構造・機能の解析およびその利用」及び(No.21380049)「不良環境適応植物ヨシの有害金属動態と糖代謝の関係」の成果の一部です。