図5-1 リニアック初段加速部
図5-2 大面積均一ビーム形成のための多重極電磁石群
図5-3 高強度レーザー装置(J-KAREN)
図5-4 量子ビームが有する優れた機能
図5-5 原子力機構の量子ビーム施設群と研究開発分野
原子力機構では、大強度陽子加速器施設J-PARC,イオン照射研究施設TIARA,高強度レーザー装置J-KAREN,SPring-8放射光ビームライン,研究用原子炉JRR-3などの様々な量子ビーム施設群を保有しています。「量子ビーム」とは、こうしたビーム施設から得られる高強度・高品位の中性子ビーム,イオンビーム,高強度レーザー及び放射光等の総称であり、これらを発生・制御する技術並びにこれらを用いて観察・加工等を行う利用技術からなる「量子ビームテクノロジー」が、近年大きく進展しています。本章では、原子力機構における量子ビーム施設・技術の高度化(1. 多様な量子ビーム施設・設備の整備とビーム技術の研究開発)及びこれら量子ビームを応用して得られた研究成果(2. 量子ビームを応用した先端的な研究開発)を紹介します。
1.多様な量子ビーム施設・設備の整備とビーム技術の研究開発
(1) J-PARCに関する技術開発
J-PARCは、リニアック,3 GeVシンクロトロン,50 GeVシンクロトロンの三つの陽子加速器と、中性子,ミュオンを用いて物質・材料研究に関する実験を行う物質・生命科学実験施設(MLF),K中間子等を用いた原子核・素粒子実験を行うハドロン実験施設及びニュートリノを発生させるニュートリノ実験施設からなり、国内外の利用に供しています。
リニアックと3 GeVシンクロトロンでは、所期性能である1 MWでの運転の実現に向けて、高強度化やビームロスの低減等を進めました。2014年度、リニアックでは初段加速部(図5-1)を構成する負水素イオン源と高周波四重極リニアックの入れ替えを行うことで、ビーム電流を30 mAから50 mAに向上させました。そして、2015年1月に3 GeVシンクロトロンで1 MW相当のパルスビームを加速し、これをMLFの中性子源標的まで輸送することに初めて成功しました。MLFでは、前年度に続き300 kWの陽子ビーム強度で安定な利用運転を行い、3月からは強度を400 kWに増強しました。利用に供する中性子実験装置に、物質内部の非破壊観察に優れた、エネルギー分析型中性子イメージング装置が加わり、19台となりました。そして、ミュオン実験装置2台と併せて、物質科学,磁性・強相関,ソフトマター,基礎物理,電子物性,水素関連物性など幅広い研究分野に関する422件の実験課題を実施しました。本章では、MLFに関する成果(トピックス 5-12,5-13,5-14)を紹介します。
(2) TIARAに関する技術開発・高度化
高崎量子応用研究所は、産業応用を目指した新機能・環境調和材料,医療応用・バイオ技術及びイオンビーム分析の研究開発や材料・機器の耐放射線性評価研究のため、サイクロトロン及び3基の静電加速器からなるイオン照射研究施設(TIARA)と電子・ガンマ線照射施設を原子力機構内外の利用に供しています。また、イオンビーム照射及び加速器技術の高度化及びこれらの関連技術として、イオンビームを効率的に加速するためのビーム診断機器,大面積均一ビーム(図5-2並びにトピックス5-15)やマイクロビーム等のイオンビームの形成・照射にかかわる技術等を開発するとともに、三次元大気μPIXE分析や三次元微細加工等のイオンビーム応用技術の開発も行っています。
2014年度は、穿孔膜作製等の産業利用への展開の一環として、研究利用の利便性を高めるために、ビーム調整時間の短縮化に取り組みました。これには粒子トラッキングシミュレーションに基づいたビーム輸送及び形成の手順の知見に加えて、実際のビーム輸送で問題となるビーム位置の軸ずれを偏向電磁石とその近傍のステアリング電磁石を組み合わせて修正する条件を実験的に見いだし、効率的な調整手順を確立しました。その結果、サイクロトロンで加速したイオンビームによりこれまで3時間程度の調整時間を要して10×10 cm2程度の均一ビームを形成していたのを1時間程度に短縮することに成功しました。これによりビーム調整を含めた実験時間の大幅な短縮が可能となり、より多くの利用研究に供されると期待されます。
(3) 高強度短パルスレーザー・放射光施設の高度化
関西光科学研究所(木津)は、高性能なレーザー装置の研究開発とそれらを用いた電子ビーム,イオンビーム,X線,テラヘルツ波のための新しい量子ビーム源開発及びその利用研究などに取り組んでいます。2014年度には、J-KARENレーザー装置の高度化のための最終段増幅器の励起用光源を実装し、各励起光源がレーザー発振器のマスタークロックに同期,連動できるよう制御系を構築するとともに、増幅光の実験室への供給に向けた伝送ラインの整備などを進めました(図5-3)。また、文部科学省からの委託に基づく大阪大学からの再委託事業「融合光新創生ネットワーク」にて開発したレーザー実験装置(QUADRA-Tレーザーシステム)の施設供用を2014年度より開始しました。
関西光科学研究所(播磨)は、大型放射光施設SPring-8に4本ある原子力機構専用ビームラインを利用して、物質・材料の機能発現機構や反応機構の解明の最先端解析技術の開発を進め、ナノテクノロジーやエネルギー・環境関連研究、東京電力株式会社福島第一原子力発電所(1F)事故の対処にかかわる除染技術開発等に応用するほか、施設供用利用や文部科学省委託事業「ナノテクノロジープラットフォーム」を通して、外部研究者による量子ビームテクノロジー分野の研究開発も支援しています。2014年度は全ユーザータイムの28%を外部利用に供与しました。
2.量子ビームを応用した先端的な研究開発
原子力機構は、量子ビーム施設群を利活用して、原子力だけではなく、多岐にわたる科学技術分野に対しても、成果創出等の貢献をしています。
量子ビームは、物質を構成する原子や分子と様々な相互作用をしますので、物質状態を原子や分子のレベルで観察する手段として有効です(「観る」機能)。また、原子や分子の配列や組成,結合状態や電子状態を変化させることから、原子・分子レベルの加工も得意としています(「創る」機能)。さらに、狙った部位に照射することにより、細胞レベルでがん等を治療することにも用いられています(「治す」機能)(図5-4)。
私たちは、これら量子ビームが有する優れた機能を総合的に活用し、健康寿命の増進,環境・エネルギー技術の向上,福島復興再生,地域資源の創生等へ貢献する科学・技術イノベーションの創出を目指しています(図5-5)。
本章では、量子ビームを用いた最近の代表的な研究成果を紹介します。トピックス5-1はレーザーによる加速器技術の開発,トピックス5-2はγ線による非破壊分析技術,トピックス5-3,5-4,5-5,5-6,5-7,5-16は環境・エネルギーに関する物質・材料技術,トピックス5-8,5-9,5-10,5-11は医療・農業への応用に関する研究成果です。
また、1F事故の復旧・復興に貢献するために、量子ビームを用いた除染・減容化技術の開発等にも精力的に取り組んでいます。こうした福島復興再生に関する量子ビームを用いた研究開発の取組みについては、第1章トピックス1-8を参照してください。