5-14 中性子回折による鉄鋼の相変態の解明

−ナノベイナイト鋼の変態挙動に及ぼす部分焼入れの効果−

図5-34 部分焼入れベイナイト変態処理中の測定結果
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図5-34 部分焼入れベイナイト変態処理中の測定結果

(a)温度履歴,熱膨張・収縮曲線及びオーステナイトピークブロードニング、(b)中性子回折プロファイルの変化です。

 

図5-35 ベイナイト相変態速度に及ぼすQB処理の影響

図5-35 ベイナイト相変態速度に及ぼすQB処理の影響

(c)573 Kと(d)523 Kのデータから、QB処理では、直接ベイナイト処理する場合に比べてベイナイト相体積分率が短時間で増加しており、ベイナイト変態速度が大きく加速されます。

 


ナノベイナイト鋼は、加熱してオーステナイト化した鋼を低温まで急冷して等温保持することにより製造する鉄鋼の一種です。この鉄鋼はフェライトと高炭素オーステナイトからなる超微細ラメラ組織を有するため、引張強度2 GPa以上及び破壊靭性30 MPa・m1/2の優れた機械的特性を示すことから実用化が期待されています。しかし、オーステナイトからベイナイトへの変態速度が非常に遅いため、効率的に製造するためにはベイナイト変態を加速させる方法を確立することが課題となっています。

私たちはベイナイト変態を促進させることを狙って、部分焼入れベイナイト変態(QB)処理を考案し、その場中性子回折法を用いて検討しました。具体的には、J-PARCに設置した工学材料回折装置「匠」を用いてQB処理を施しながらその場中性子回折測定を行いました。実験に用いた鋼の化学組成は、Fe-0.79C-1.98Mn-1.51Si-0.98Cr-0.24Mo-1.06Al-1.58Co (重量%)です。得られた時分割中性子回折プロファイルを粉末結晶構造解析ソフトウェアZ-Rietveldを用いて解析し、構成相の体積率,格子定数等を求めるとともに、組織構造解析ソフトウェアCMWP-fitを用いて転位密度,転位構造を解析し、変態機構について検討しました。

熱処理の温度履歴,熱膨張・収縮曲線及びその場中性子回折プロファイル変化を図5-34に示します。試験片を1173 Kから一旦350 Kに冷却すると、高温オーステナイト相(面心立方構造,FCC)がマルテンサイト相(体心正方構造,BCT)に変態し、523 Kに加熱・恒温保持するとベイナイト相変態が始まり、ベイナイト相(体心立方構造,BCC)が増えるとともに部分微細化オーステナイトが残留しました。また、変態前(1173 Kでの)とマルテンサイト相変態中(350 Kでの)のオーステナイトプロファイルを比較すると、明らかにピークブロードニングしており(図5-34(a))、CMWP-fitを用いた解析により、マルテンサイト変態に伴いオーステナイト中の転位密度が増加することが捉えられました。またQB処理では、直接ベイナイト相変態法と比べて短時間でベイナイト相体積分率が増加し、ベイナイト変態速度が大きく加速されることを見いだしました(図5-35)。このことから、マルテンサイト変態ひずみを緩和するためオーステナイト界面に導入された転位がベイナイト変態を促進させることが明らかになりました。

本研究で用いたその場中性子回折法は、従来法では、測定が難しい相変態中の微小な組織変化を追跡することが可能なため、今後、新規鉄鋼材料等の研究開発に役立つと期待されます。