図5-36 TIARAサイクロトロンにおける大面積均一ビームの形成手順
図5-37 大面積均一ビームの強度分布計測結果
イオンビームを利用する研究開発や産業応用では、大面積の試料や多数の試料にむらなく均一にビームを照射することが求められています。高崎量子応用研究所イオン照射研究施設TIARAのサイクロトロンでは、量子ビーム応用研究の一層の進展のため、従来のビーム走査方式とは異なる大面積均一照射技術を開発しました。本技術は、ガウス型の強度分布を有するビームに8極電磁石が及ぼす非線形力を作用させることによって、分布の裾野が内側へ折り畳まれ、強度分布が均一分布へ変換されるという原理に基づいています。ビーム自体が大面積で均一な強度分布を有するため、従来は困難または非効率であった、極短時間照射や超低フルエンス照射等の高度な均一照射が可能になります。
このような大面積均一ビームの形成・照射を実現するため、磁場中における荷電粒子の運動力学に基づいた理論解析や数値シミュレーションを行い、適切なビーム輸送条件や8極電磁石の磁場強度を求め、実験において以下のように均一ビームの形成手順を確立しました。
図5-36に示すように、まずサイクロトロンから取り出された複雑な分布のビームを金属薄膜に透過させ、散乱によって均一ビーム形成の前提となるガウス分布へ変換します。続いて、4極電磁石と8極電磁石を組み合わせてビームを集束・均一化します。
薄膜による散乱では、薄膜の材料と厚さの最適な組み合わせを見いだし、利用上の制約となるビームエネルギー損失を低減し、必要なガウス分布化を達成しました。均一化においては、水平・鉛直2方向について独立に調整でき、照射野の縦横比を大きく変えることもできました。このようにして、陽子からキセノンの種々のイオンで大面積均一ビーム形成・照射を実現しました。その一例を図5-37に示します。形成した均一ビームをラジオクロミックフィルム(放射線にさらされることにより着色する線量計)に照射し、その強度分布を求めたものです。均一化された中央部分120 cm2の均一度(フルエンスのばらつきの標準偏差)は7%でした。
開発した均一ビームは研究利用に供しています。大面積試料全体への同時照射によって実宇宙環境により近い放射線場が模擬できることを利用した、宇宙用太陽電池の耐放射線性試験及び短時間照射や大気圧中照射による、難加工材料であるフッ素系高分子膜の穿孔化等に関する研究が進められています。
今後は産業応用も視野に、利用できるイオンの種類の拡張やビームの高品質化(照射野拡大,均一性向上等)を目指します。