図5-32 6軸型マルチアンビルプレス“圧姫”
図5-33 含水鉱物ローソナイトの中性子散乱パターン
地球深部は高温・高圧の極限環境であり、鉱物やマグマの構造・物性は、地表とは大きく変わります。そのため、高温高圧環境を実験室に再現しその場観察を行うことは、地球の構造や進化を議論する上で欠かせません。その場観察の手段として中性子を利用することにより、X線では難しい鉱物中の水素など軽元素の位置を求めることができます。
高温高圧実験では、測定試料を入れたセルに荷重を加えて高圧を発生させ、試料セルの中に組み込んだヒーターに通電して高温を発生します。従来の装置は、1台の油圧ジャッキで一対の金型に荷重を加えるものでしたが、この方式では試料が大きな金型に囲まれているために、散乱中性子を検出するための“窓”を確保することが困難でした。また、高温を発生するために必要な断熱の確保が難しく、実験可能な条件は7 GPa,1000 ℃以下に限られていました。
これらの課題を克服するために、6軸型マルチアンビルプレス(高温高圧発生装置)“圧姫”を開発しました(図5-32)。本装置は、互いに直交する6台の油圧ジャッキにより、中心の試料セルに等方的に荷重を加えます。金型を使用しないため、散乱中性子を検出する“窓”を確保すると同時に、試料以外の散乱の混入を防ぐコリメータを直近に配することができました。また、試料セルの容積を確保、セラミックスを媒体として用いることにより断熱を確保しています。
装置はJ-PARC物質・生命科学実験施設の超高圧中性子回折装置PLANETに導入され、試験では最高で16 GPa, 1000 ℃の発生を確認しました。これは地球の深さ470 kmに相当し、特に水素が多く存在すると考えられているマントル遷移層上部の条件に初めて手が届いたことになります。またヒーターや試料セルの散乱を除き試料のみの情報を取り出すことにも成功し、精密な構造解析に欠かせない、質の高いデータを取得することができるようになりました(図5-33)。
本装置と中性子散乱を組み合わせることにより、地球マントルの鉱物やマグマ物性における水や水素の役割を、原子レベルから解明することなどに資すると期待されます。
本研究は、文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型)(No.20103001)「高温高圧中性子実験で拓く地球の物質科学」及び学術創成研究費(No.19GS0205)「強力パルス中性子源を活用した超高圧物質科学の開拓」による成果の一部です。