図5-13 3種の量子ビームによる電子励起の役割分担
図5-14 実験結果の概略図
銅酸化物超伝導体は、現在知られている中では最も高い温度で超伝導体となる物質であり、発見から25年以上を経た今もなおその発現機構解明を目指した研究が続けられています。銅酸化物超伝導体の母物質は隣り合うスピンが逆向きに整列した反強磁性の絶縁体であり、そのような母物質に電荷(電子またはホール)をドープすることで超伝導が発現します。したがって、電荷をドープするにつれて反強磁性を担っていた電子のスピンやドープされた電荷の動きがどのように変遷して行き、さらにその結果として超伝導となるか、また、それらの電子ドープとホールドープでの類似点,相違点を知ることが銅酸化物の超伝導を理解する鍵となります。
本研究では、図5-13に示すように3種の量子ビーム(J-PARCの中性子,ESRFの軟X線,SPring-8の硬X線)を利用した非弾性散乱実験を相補的に行うことで幅広いエネルギー・運動量空間にわたるスピン・電荷励起を観測し、電子ドープした銅酸化物超伝導体(Nd,Pr,La)2-xCexCuO4における電子の動きの全体像を解明することができました。実験結果の概略を図5-14に示します。絶縁体の母物質ではスピン励起のみが観測されサイン波型の分散を示します。電子をドープするとスピン励起は高エネルギーにシフトし、幅が広がります。このようなスピン励起の変化は、励起エネルギーがほとんど変わらないホールドープ型とは全く異なる結果です。また、スピン励起の高エネルギー側には理論的に予想されていた電荷励起が存在しており、その一部がスピン励起と同じエネルギーで重なり合ってきていることも分かりました。このようなスピン励起の高エネルギーへのシフトや電荷励起との重畳といった特徴は、ホールドープ型に比べて電子ドープ型銅酸化物中の電子がより動きやすい(遍歴的)状態であることを反映したものと考えられます。
今後、このような電子とホールの動きを統一的に記述するような理論モデルを構築することが銅酸化物における超伝導の議論の出発点となり、その結果として、超伝導の発現機構解明に近づくものと期待されます。また、本研究では、電子の動きを調べるための非弾性散乱において、放射光X線と中性子を相補利用した研究が有用であることを初めて示すことができました。