5-7 X線及び中性子で構造材料の残留応力を観る

−表面から内部までの残留応力を評価し、機械・構造物の強度信頼性向上に資する−

図5-20 残留応力測定の実験レイアウト
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図5-20 残留応力測定の実験レイアウト

(a)研究炉で発生した中性子から必要なエネルギーの中性子をモノクロメータによって取り出し、試験片に照射します。回折線を中性子検出器でとらえて、回折角2θを決定し、そこから残留応力を求めます。測定領域は入射スリットと受光コリメータで規定し、また、試験片を走査することで試料内の三次元的残留応力分布が得られます。(b)X線回折では応力測定原理は同様ですが、X線は試料表層内で回折するため、試料表面の応力が測定されます。

 

図5-21 引張応力下の残留応力緩和挙動
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図5-21 引張応力下の残留応力緩和挙動

ピーニングを施した鉄鋼材料試料に引張応力を負荷した際の残留応力挙動を、X線及び中性子回折によって測定した結果です。図には、コンピュータシミュレーションの結果も併せて示します。引張応力が約220 MPaに達したとき、内部の引張応力が材料の降伏応力に達し、それと同時に、表面圧縮残留応力の緩和が始まっていることが分かります。

 


機械・構造物の典型的な損傷形態である疲労き裂や応力腐食割れなどの“割れ”は、あらかじめ部材の表層に圧縮力(=圧縮残留応力)を導入しておくことで防止できます。ピーニング法は、代表的な圧縮残留応力導入技術の一つであり、原子炉各部の溶接部や自動車部品などの強度向上のために適用されています。しかし、そうして導入した圧縮残留応力は、機械が稼働中に受ける外部からの荷重や熱の作用で緩和する可能性があり、その場合、割れ防止効果は低下し、破壊事故のリスクが増加します。したがって、圧縮残留応力の緩和過程を理解することは、機械・構造物の強度信頼性評価の上で大変重要です。

残留応力の測定にはX線や中性子を用いた回折法が適しています。X線では表面下10 μm程度の極表面層内の測定が可能で、一方、中性子線を用いると、その物体透過能の高さから、例えば数cm 厚さの鉄鋼材料内部の残留応力分布が数mmの空間分解能で非破壊的に測定できます。そのため、X線と中性子線の両者を利用することで、物体表面から内部にかけての残留応力分布評価が可能です。

本研究では、ピーニングにより表面に圧縮残留応力を導入した鉄鋼製試験片に、引張荷重を負荷しながらX線と中性子によって残留応力を測定しました。中性子及びX線回折装置のレイアウトを図5-20に、また、測定結果を図5-21に示します。引張応力の増加とともに、表面と内部の残留応力が増加していき、引張応力が約220 MPaに達したとき、内部の残留応力()が材料の降伏応力に達します。そして、それと同時に表面層内の圧縮残留応力()の緩和が始まります。すなわち、表面の圧縮残留応力緩和は、内部の降伏によって引き起こされていることが明確に示されました。また、その緩和開始条件は、コンピュータシミュレーションの結果と一致することが確認されました。

以上の検討に引き続き、現在では熱負荷に起因する残留応力緩和挙動を検討しています。このような、残留応力緩和に関する知見を応用することで、機械・構造物の強度信頼性評価精度の向上が可能であり、また、今後、より安全で高性能な機械・構造物の開発につながるものと期待されます。

本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(No.23360061)「残留応力緩和に及ぼす結晶学的微視構造の影響」の成果の一部です。