図10-6 金属結晶の代表的な2種類の原子配列
図10-7 六方晶構造の転位が移動する面を変える様子
金属元素の結晶構造は面心立方,体心立方,六方晶の3種類に分類されます。六方晶のマグネシウム,ジルコニウムなどは他の構造に比べ変形しにくいため加工に高い温度を必要とします。核燃料のジルコニウム合金被覆管の製造や、マグネシウム製ノートPCのボディ形成などが典型的な例です。近年、六方晶金属に添加元素を加え合金にすると従来ほど高温でなくても加工できる場合があることが実験的に判明したため、そのメカニズムを解明し原因となる元素の配合を変えることで室温でも加工できる合金の開発を目指す研究が行われています。これが実現すれば、割れにくい燃料被覆管の開発や、自動車の軽量化が可能になると期待されます。それには加工プロセスを原子のスケールで理解することが必要です。
図10-6に面心立方構造と六方晶構造の原子面を示します。原子が三角形に配列している原子面はすべりやすいのですが、面心立方構造ではそのような面が4種類あるため、いろいろな方向に原子面がすべり加工しやすくなります。一方で六方晶構造ではそのような面は一つだけで、六角錐の錐面では三角形と四角形が交互になった構造であるためすべりにくいので、この錐面がすべる機構を明らかにすることが加工性向上に向けた第一歩となります。本研究ではマグネシウムについてこの機構を調べました。
原子面のすべりは「転位線」と呼ばれる欠陥が材料中を移動し、ちょうど絨毯の一本の皺を動かすことで絨毯全体が移動するような機構で起こります。一般的に転位線は特定の原子面の上しか移動できませんが、マグネシウムの錐面では転位線が頻繁に移動面を変え、その原因が謎となっていました。
そこで本研究では、この転位線の動きを第一原理計算で解析し、その機構を明らかにしました。通常、転位が移動面を変えるときは周辺の原子が大きく動くため高いエネルギーを必要としますが、六方晶金属では原子が少し動くだけで面を変える方法があることが分かりました。そして実際に転位が比較的弱い力で容易に面を変えることを計算によって確認することができました。図10-7は加える力の方向によって転位が最初とは違う方向へ進む様子を示しています。このような振る舞いは他の結晶構造の金属では見られず、今回六方晶金属の転位を詳細に調べることで初めて見いだされました。今後は添加元素の錐面すべりへの影響を評価し、加工性向上のメカニズムを明らかにしていく予定です。