10-2 核燃料の熱的性質をシミュレーションで明らかにする

−第一原理計算による二酸化プルトニウムの比熱の評価−

図10-4 PuO2における比熱の起源の概念図

図10-4 PuO2における比熱の起源の概念図

左の部分はPuO2の結晶構造を表しています(青がプルトニウム(Pu),赤が酸素(O))。右下の部分は電子の励起状態の分布を示しています。外部から加えられた熱が原子の振動(格子振動)や電子状態の励起エネルギーに変わることが比熱の原因となります。

 

図10-5 PuO2の比熱

図10-5 PuO2の比熱

実線が計算値で、点が実験値になります。計算した比熱は格子振動による比熱(熱膨張効果も含む)と電子励起によるショットキー比熱に分けて示しています。計算値が実験値を良く再現しているのが分かります。

 


核燃料の安全性を高めていくには、高温での性質を詳しく評価することが大切です。しかし、そのような高温での性質を精密に測定する実験を行うのは簡単なことではありません。このような場合、実験を補うために計算機によるシミュレーションが重要な役割を果たすことが期待されています。燃料開発で重要となる性質の一つが比熱です。比熱とは温度を1度上げるのに必要な熱に相当します。これまでにも核燃料物質に対する比熱の測定や、その仕組みを明らかにするための理論による解析が多く行われてきました。ところが、核燃料の主要成分である二酸化プルトニウム(PuO2)の比熱の測定結果は理論的な予測より大きくなり、実験結果を理論で説明することができませんでした。

このような状況を受けて、私たちは第一原理計算に基づくシミュレーションを行いPuO2の比熱の再現に挑戦しました。第一原理計算とは電子や原子核の相互作用だけから物質の性質を計算する手法で、経験的なパラメータを必要としない信頼性の高い計算法といえます。まず、私たちは比熱の様々な原因の中でも、主要な起源である格子振動に対して計算を行いました(図10-4)。そしてその結果は比熱全体を測定した値を有意に下回っていました(図10-5)。そこで、次に大きな寄与があると考えられる電子の励起状態による比熱、いわゆるショットキー比熱に注目しました。電子の励起とは、Puに束縛されている電子が低いエネルギー状態から高いエネルギー状態(励起状態)へ移動することです。これまでも数個の励起状態を考慮した簡単なモデルを用いてショットキー比熱が評価されてきましたが、それを加えてもなお測定値を下回っていました。これに対して、私たちは第一原理計算を用いて100個以上の励起状態を評価したところ、ショットキー比熱を加えた比熱全体で実験値を再現することに成功しました(図10-5)。この成功は多くの励起状態を精密に評価できた結果ですが、これは第一原理計算を用いなければ不可能なことでした。

今回、最も基本的な性質である比熱の評価に成功しました。しかし、燃料開発に必要な核燃料の性質は比熱だけでなく、熱の伝導や燃焼中の反応など、様々あることから、これからも第一原理計算に基づくシミュレーションによって、核燃料の性質の精度の高い予測を行いたいと考えています。そして、その結果を通して、より安全な核燃料開発に貢献していきます。