図5-22 内殻吸収磁気円二色性(XMCD)の概念図
図5-23 Crx(Sb1-yBiy)2-xTe3のCr 2p → 3d とTe 3d →5p 吸収端での実験スペクトル
図5-24 Crx(Sb1-yBiy)2-xTe3のSb 3d →5p 吸収端での実験スペクトル
近年、トポロジカル絶縁体という電流が流れない絶縁体の表面で金属状態を示す物質が注目されています。ごく最近、この一種(Sb,Bi)2Te3に磁性元素クロム(Cr)を微量添加することにより、エネルギー損失なく試料表面に電流が流れる、量子異常ホール効果という新現象が観測され、世界中で研究が行われています。本現象は、Cr添加による強磁性の発現に関係すると考えられていますが、極低温でしか起こらないため、室温以上の強磁性転移温度(T c)を持つトポロジカル絶縁体の開発が切望されています。本研究では、同系の強磁性発現機構を探るべく、大型放射光施設SPring-8のBL23SUにおいて、軟X線内殻吸収磁気円二色性(XMCD)実験を行いました。その結果、Crだけでなく非磁性原子アンチモン(Sb)やテルル(Te)の極わずかな磁気モーメントを詳細に捉えることにより、強磁性発現機構の解明に成功しました。XMCDとは、左右円偏光に対するX線吸収(XAS)強度の差として定義され(図5-22)、元素及び電子軌道選択性を有し、その強度は対象元素の持つ磁気モーメントの大きさに比例します。
Crx (Sb1-y Biy )2-xTe3(x =0.05, y =0.1, T c=15 K)のCr 2p →3d 内殻吸収スペクトルを図5-23(a)に示します。測定は、温度5 K,外部磁場0.1 Tで行いました。図5-23(b)はCrの量が異なる2試料のXMCDスペクトルを示しますが、形状はCrの量に依存せず、基本的には2p 3/2→3d 端で負,2p 1/2→3d 端で正となっています。これは、期待通りCrが強磁性を担っていることを示します。しかし、Crは微量にしか存在しないため、遠く離れた個々のCr磁気モーメント同士を揃える「のり」が何かを調べることが非常に重要になります。
図5-23(b)の矢印のとおりCr吸収端の低エネルギー側に、微弱ながらTe 3d 5/2→5p 端で負のXMCDシグナルが明瞭に観測されました。この結果から、Teにも磁気モーメントが存在し、Crのそれに対し反平行に結合していることが明らかとなりました。
図5-24(c)にCr0.05(Sb0.7Bi0.3)1.95Te3のSb 3d →5p 内殻吸収スペクトルには微弱なXMCDシグナルが見えます。図5-24(d)から、3d 5/2→5p 端で正に、3d 3/2→5p 端で負のシグナルとなっています。一方、Crを含まない試料(Sb0.5Bi0.5)2Te3ではXMCDは現れません。この結果は、Sbにも磁気モーメントが現れ、Crのそれに対し平行に結合していることを示します。
以上のことから、TeやSbの5p 電子が、遠く離れたCrの磁気モーメント間の「のり」の役割を担い、磁性トポロジカル絶縁体Crx (Sb1-y Biy )2-xTe3が磁石になる原因となっていることを初めて明らかにしました。
本研究は、高い強磁性転移温度を持つ異常量子ホール効果の発現に向けた新しい物質設計への指針を与えるとともに、トポロジカル絶縁体を利用した次世代の超低消費電力スピン・デバイスの開発につながっていくものと期待されます。