図5-25 PIXE-T分析システムの概略
図5-26 抽出クロマトグラフィ用多孔質シリカ吸着材の光学顕微鏡写真(左図)とPIXE-T分析結果(中央図,右図)
高崎量子応用研究所イオン照射研究施設TIARAの直径1 μm以下のMeV級水素イオンマイクロビームを用いた粒子線誘起X線(マイクロPIXE)分析を発展させ、粒子励起X線トモグラフィ(PIXE-Tomography: PIXE-T)分析システムを開発しました(図5-25)。PIXE-T分析は、試料を少しずつ回転させながらマイクロPIXE分析による二次元元素分布測定を複数回行い、コンピュータによる画像再構成によって、三次元元素分布を非破壊で得る方法です。他のトモグラフィ技術でも使用されている最尤推定−期待値最大化(ML-EM)法による画像再構成に、イオンマイクロビームが試料を通過中にエネルギーを失いX線の発生確率が減少することや、発生したX線の一部が試料内で吸収されることの補正を導入し、厚さが数十μmの試料であっても、内部の元素分布を精度良く測定できるようになりました。
今回、開発したPIXE-T分析システムを用いて、抽出クロマトグラフィに用いられる直径約50 μmの多孔質シリカ吸着材粒子内部の三次元元素分布分析を行いました。抽出クロマトグラフィは、粉末状の吸着材を充てんした容器に溶液を通してイオンを吸着させ、その後溶離液を通すことでイオンを溶離・分離します。この方法は、長半減期のマイナーアクチノイド(MA)を高レベル放射性廃液から選択的に吸着除去する技術として有望視されていますが、溶離率の改善が大きな課題となっています。これまでに、MAの模擬としてネオジム(Nd)を用い、溶離後の吸着材粒子をマイクロPIXE分析で測定したところ、溶離処理後にもかかわらずNdが吸着材粒子に残留していることが確認されています。しかし、マイクロPIXE分析では、表面と内部が重なった二次元元素分布となるため、吸着材粒子内部のNd分布を把握することは困難でした。また、多孔質シリカは非常に脆く、切断し吸着材粒子断面を直接分析することも難しいため、PIXE-T分析システムを用い、溶離後の吸着材粒子断面のNd分布を測定することに取り組みました。
測定の結果、図5-26のように吸着材粒子の内部でNdが局所的に残留している様子を三次元的に可視化することに初めて成功しました。このNdの残留分布は、溶離液の濃度や通液時間,多孔質シリカの細孔サイズなどで変化すると考えられるため、今後、様々な溶離条件や細孔サイズを持つ吸着材粒子をPIXE-Tで分析することで、MAの吸着除去に最適な条件を選定していく予定です。